韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の妻、金建希(キム・ゴンヒ)氏が、前例のない拘束の危機に直面している。特別検察が約11時間に及ぶ聴取の翌日という異例の速さで、金建希氏に対する拘束令状を請求したのだ。この動きは、韓国政治史上で初めてとなる前大統領夫妻の同時拘束という、極めて重大な事態へと発展する可能性を秘めている。8月12日に予定されている拘束令状審査は、元ファーストレディの今後の運命を決定づける「長い一日」となるだろう。
約11時間に及ぶ異例の聴取と16件の疑惑
特別検察は、8月6日に金建希氏に出頭を要請し、約11時間にも及ぶ大規模な聴取を実施した。金建希氏には、株価操作、公認候補選定への介入、さらには世界平和統一家庭連合(旧統一教会)幹部からの高級ブランド品やダイヤモンドのネックレス受領と便宜供与の依頼など、合計16件もの広範な疑惑が持たれている。
この日、金建希氏は黒のスーツに白のブラウス、黒のバッグとパンプスというオールブラックの装いで、髪をポニーテールにして特別検察の事務所に入った。前大統領夫人の公開召喚は史上初であり、記者たちの質問を受けるためのフォトラインも設定された。金建希氏は、集まったメディアに対し、わずかな言葉を発した。「私のような何者でもない人間が国民の皆さまにご心配をかけて申し訳ない。調査をしっかり受けてきます」。個別の疑惑に関する記者の質問には、終始無言を貫いた。
聴取において、金建希氏は陳述自体は拒否しなかったものの、ほとんどの質問に対して「知らない」「覚えていない」と繰り返し、全ての疑惑を否定したと伝えられている。
金建希氏が特別検察の事務所に入るところ。緊張した面持ちでメディアの視線を集める。
拘束令状スピード請求の背景:3つの容疑と偽証の可能性
特別検察は金建希氏の聴取の翌日、すなわち8月7日に、異例のスピードで拘束令状を申請した。容疑は資本市場法違反、政治資金法違反、あっせん収賄の3つに絞られている。この3つの容疑に特定したのは、金建希氏の関与を示す具体的な証拠があり、拘束の必要性を裁判所に立証できると特別検察が判断したためと見られている。
聴取の過程で、特別検察側は物証と金建希氏の供述を照合し、その間の食い違いを徹底的に浮き彫りにした。金建希氏が「偽証」したり「嘘をついている」可能性が高まれば、証拠隠滅の罪に問えるからだ。さらに、金建希氏の健康状態の悪化も、逃亡の恐れにつながると見なされている。
金建希氏は6月中旬、うつ病治療のためとして約10日間入院し、退院後も通院治療を続けている。特別検察は裁判所に提出した令状請求書の中で、「金建希氏が病院に入院するなど逃走したり行方をくらます恐れがある」と指摘した。最終的に金建希氏の身柄が拘束されるには、事件の重大性、証拠隠滅の恐れ、逃亡の恐れなどの要件が満たされる必要があるが、特別検察側は「法が定めた拘束令状要件が全て充足されると判断した」と自信をのぞかせている。
約11時間にわたる聴取に臨む金建希氏。黒のスーツに身を包み、メディアの前に姿を現した。
旧統一教会疑惑の新証拠:揺らぐ供述と深まる包囲網
旧統一教会からのあっせん収賄疑惑においても、新たな物証が発見された。教団側は、金建希氏との仲介役を務めた政治ブローカー兼占い師に、2000万ウォン(約210万円)相当のシャネルのバッグ2個、高麗人参濃縮茶、そして6000万ウォン(約630万円)相当のダイヤモンドのネックレスなどを託したとされる。
これまで占い師は「ネックレスは失くした」と主張し、金建希氏に渡したことを強く否定してきたが、この主張が覆されることになった。占い師が教団の元幹部(当時世界本部長)に対し、「頼まれた物を女史(金建希氏)にちゃんと渡した」と報告する携帯メールが存在することが明らかになったのだ。メールには「女史がネックレスをもらって(ダイヤが)大きいので驚いた」といった具体的な記述もあった。
特別検察側は、この「受け渡し」報告メールに加え、同時期に尹前大統領の自宅があるマンションに占い師が出入りした記録も提示し、金建希氏を追及した。
さらに、金建希氏が旧統一教会側の元幹部に電話し、贈り物への感謝を伝える録音ファイルも見つかっている。「これが韓鶴子(旧統一教総裁)が食べる高麗人参か。体が自然に良くなるようだ」「元幹部がいなければ、私がいつこれ(人参)を食べるだろうか」と金建希氏は述べ、感謝の意を伝えたとされる。
一方、金建希氏は聴取の中で、自身は高麗人参が食べられない体質だとし、実際には受け取っていないが、儀礼上そのように話したと釈明したという。また、占い師が自宅マンションを訪れたとされる日には、尹前大統領と休暇に出かけていたと面会を否定している。しかし、これらの新たな証拠により、金建希氏に対する包囲網は急速に狭まっているのが現状だ。
権力の象徴「V0」からの転落か:歴史的な同時拘束の可能性
旧統一教会による金建希氏への「贈り物」は、教団の事業に便宜を図ってもらうための見返りであったと見られている。教団元幹部は請託禁止法違反などの疑いで7月末に既に逮捕されており、これまでの調べで、「贈り物」はカンボジアでの教団事業に対する便宜供与を受けるためであり、韓鶴子総裁の決裁を受けたものだと供述したとされる。教団側は「元幹部が個人的にしたことで、教団とは一切関係がない」と否定しているが、特別検察は韓鶴子総裁の秘書を取り調べるなど、教団の関与についても捜査を進めている。
教団の請託疑惑について特別検察は、尹前大統領があっせん収賄容疑の共犯にあたると見ている。教団の「贈り物」が、尹前大統領も含めた夫妻への「請託」の性格を持っているためだ。だが、教団側に具体的な支援があったのかは、これまでのところ明らかにされていない。
金建希氏の拘束令状に対する実質審査は、8月12日午前10時10分に予定されている。拘束令状が発付されるか否かの判断は、早くても12日夜以降、13日未明までかかる見通しだ。尹前大統領は既にソウル拘置所に収容されており、金建希氏が拘束されれば、韓国史上初めてとなる前職大統領夫妻が同時に拘束される事例となる。
韓国では最高権力者である大統領を「ナンバー1 VIP」の意味で「V1」と呼ぶ。尹前政権下で金建希氏は、その「V1」を超える「V0」と呼ばれるほどの威勢を誇ったと言われる。その権力の頂点から一転、拘置所収監という屈辱にまみれることになるのか。金建希氏に、まさに運命の時が迫っている。