米国のドナルド・トランプ大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるアラスカ首脳会談が目前に迫っています。表向きの議題はウクライナ戦争の処理を巡る交渉とされていますが、その真の目的が「世界秩序の再編」にあることは、国際社会の共通認識となりつつあります。地球という巨大なチェス盤の上で勢力を分割し、新たな秩序を築くための「皇帝とツァーリ」の会合において、3年以上戦争に苦しむウクライナは、単なる交渉の駒に過ぎないという見方が強まっています。米国は、世界的な貿易戦争を終結させた「トランプ・ラウンド」を掲げ、第二次世界大戦後に自らが築いた自由貿易経済秩序を自ら破壊しました。今回の会談は、自由主義を基盤としてきた国際政治秩序をも、米国自身が変革しようとする動きと捉えられています。
「アラスカ体制」とは何か:既存国際法の否定
トランプ氏とプーチン氏が提唱する「アラスカ体制」の骨格は、既存の国際法秩序に対する根本的な否定を含んでいます。特に「武力による領土変更は認めない」という原則の破棄は、国際社会に大きな波紋を広げています。トランプ氏は、ロシアが武力侵攻によって獲得したウクライナ領土を承認する姿勢を繰り返し示しており、時には「領土譲歩はない」と主張するウクライナを非難することさえありました。これは、戦争による領土獲得を再び合法化しようとする試みであり、国際秩序の根幹を揺るがす動きと言えるでしょう。
世界を分かつ「三大国」の論理:19世紀「ヨーロッパ協調」の再来か
新秩序の決定権者が誰になるのかは、ウクライナが会談から外された事実からも推測できます。弱小国の運命は、米国とロシア、そして今回の首脳会談からは外れているものの、影響力を持つ中国という三大国によって決定される可能性が高いとされています。この状況は、イギリス、フランス、ロシア、オーストリア、プロイセンの五大国が秘密裏に協議し、19世紀の国際秩序を決定した「ヨーロッパ協調(Concert of Europe)」の再来になぞらえる見方もあります。カーネギー国際平和基金ロシア・ユーラシアセンターの上級研究員であるアンドレイ・コレスニコフ氏は、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙に対し、「ロシアのプーチンは、米国のトランプ、中国の習近平と共に世界を分け合いたいと考えている」と批判的に指摘しています。
欧米メディアの警戒感:トランプ氏の真意と「逆さまのキッシンジャー・モーメント」
自由貿易経済秩序と自由主義国際政治秩序を体現してきた西側メディアは、トランプ氏の動きに驚愕と警戒を隠しません。FT紙は「プーチンは完全勝利ではないにせよ、すでに1セットをタダで得てゲームを始めるようなものだ」、ニューヨーク・タイムズ紙は「プーチンは今回もまた、自分に有利になるよう会談を利用するだろう」と報じ、会談開始前からトランプ氏に対する集中砲火を浴びせています。ウォール・ストリート・ジャーナル紙も「これほど準備不足な首脳会談を、自ら責任を負って行おうとするのはトランプ以外にいない」と評しています。
それでもトランプ氏が会談を強行しようとする背景には、過去の歴史にヒントがあります。1972年、当時の米国のニクソン大統領はヘンリー・キッシンジャーを中国に送り、和解を試みました。これはロシアから中国を引き離すための戦略でした。しかし今回は立場が逆であり、米国がロシアとの関係を結び、中国を牽制しようとする「逆さまのキッシンジャー・モーメント」を企図していると考えられています。
2018年にフィンランド・ヘルシンキで行われた米ロ首脳会談で握手するトランプ大統領とプーチン大統領。両首脳は新たな世界秩序の形成を模索している。
迫り来る欧州の危機感:ウクライナ化する未来への警鐘
欧州は現在、喫緊の危機感を抱いています。かつて東方拡大政策によってロシアの勢力圏を侵食しようとしてきましたが、ロシアによるウクライナ侵攻により、今や守勢に回らされています。ロシアが戦争を欧州全域に拡大する可能性に対する恐怖が、広がりを見せています。ドイツのシュピーゲル誌は、フリードリヒ・メルツ首相が就任直後に連邦情報局(BND)関係者から受けた機密分析報告に、「ロシア軍がウクライナ戦争で被った損失から回復し、NATO領土に対する大規模攻撃を敢行できる時期が2029年である」という内容が含まれていたと報じました。CNNが引用したある欧州外交官の「我々は歴史の脚注に転落する危険に直面している」という言葉からは、欧州がウクライナと同様に一つの駒に転落する可能性があるという、深刻な危機感が読み取れます。
アジア太平洋地域への波及:日本を含む国際社会への影響
新たな「アラスカ体制」は、世界全体に波及し、アジア太平洋地域にもその影響を及ぼし始めています。大韓民国も既にこの体制に吸い込まれつつある兆候が見られます。北朝鮮の金正恩国務委員長は、プーチン氏と電話会談を行い、クレムリンは「プーチン氏が正恩氏にトランプ氏との会談に関する情報を共有した」と伝えています。これは、北朝鮮が既に、新たな国際秩序の鍵を握る「ストロングマン」たちとのチェスゲームを開始したことを意味します。
この国際秩序の変容は、日本を含むアジア太平洋地域の安全保障や経済にも直接的な影響を及ぼす可能性があります。新たな地政学的変動の中で、日本はいかにして国益を守り、国際社会の安定に貢献していくかという、重要な問いに直面しています。
結論
トランプ氏とプーチン氏によるアラスカ会談は、単なるウクライナ問題の交渉に留まらず、第二次世界大戦以降に築かれてきた国際秩序を根底から揺るがす動きとして、国際社会の注目を集めています。三大国による勢力圏再編の試みは、ウクライナのような弱小国の運命を左右し、国際社会全体に大きな不確実性をもたらすでしょう。この新たな「アラスカ体制」が、世界の平和と安定に寄与するのか、それとも新たな対立の火種となるのか、日本を含む国際社会は固唾を飲んでその行方を見守っています。
参考文献
- Yahoo!ニュース: https://news.yahoo.co.jp/articles/8b47040b7e747d7184c0b60af2dc4dc2c91d3c6f
- Financial Times (フィナンシャル・タイムズ)
- The New York Times (ニューヨーク・タイムズ)
- The Wall Street Journal (ウォール・ストリート・ジャーナル)
- Der Spiegel (シュピーゲル)
- CNN
- Carnegie Endowment for International Peace (カーネギー国際平和基金)