愛、金、そして運命に翻弄された人間が、冷酷にも他人を殺める。このような残酷な出来事は、フィクションの世界だけでなく、現実社会でも数多く発生しています。決して他人事では済まされない凶悪犯罪の歴史から、我々は悲劇を教訓として学び、生きていかなければなりません。今回は、日本の社会に大きな衝撃を与えた実在の殺人事件を題材にした邦画の中から、特に話題作となった『凶悪』に焦点を当て、その深淵に迫ります。
映画『凶悪』:事件の背景と制作意図
2013年に公開された映画『凶悪』は、白石和彌監督がメガホンを取り、高橋泉、白石和彌が脚本を手がけました。主演に山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーといった実力派俳優を迎え、その重厚な演技は観る者に深い印象を残します。本作の原作は、新潮45編集部編によるノンフィクションベストセラー小説『凶悪 -ある死刑囚の告発-』であり、実際に日本で起こった連続殺人事件を基にしています。
映画『凶悪』で上申書殺人事件を追う記者を演じた俳優、山田孝之
「上申書殺人事件」とは何か?
本作の核心にあるのは、実際に発生した「上申書殺人事件」です。これは、元ヤクザの死刑囚が、自身の関与した複数の殺人事件と死体遺棄事件について「上申書」を提出したことをきっかけに、それまで明るみに出なかった一連の凶悪事件が明らかになったものです。この死刑囚は、自身の告発の中で「先生」と呼び、かつて信頼を寄せていた不動産ブローカーの男を事件の首謀者として名指ししました。
事態が急転したのは、当時事実上の廃刊となった雑誌『新潮45』が、この死刑囚への独占取材に基づき事件の詳細を報じたことが発端です。この記事は世間に計り知れない衝撃を与え、結果的に「先生」が関わったとされる複数の事件が刑事事件として動き出し、逮捕へと繋がりました。映画では、この衝撃的な事件を記者・藤井(山田孝之)の視点を通して描いており、死刑囚・須藤(ピエール瀧)の証言をもとに、首謀者・木村(リリー・フランキー)と須藤が関わった三つの事件が、フィクションを交えつつもほぼ実話に沿って映し出されています。
映画で描かれた三つの凶行とその闇
『凶悪』では、「石岡市焼却事件」「北茨城市生き埋め事件」「日立市ウォッカ事件」という、三つの主要な事件が中心に描かれています。一つ目の事件では、金銭トラブルから被害者の遺体を焼却。二つ目では、資産家の男性を拉致し、生き埋めにして殺害するという残忍な手口が使われました。そして三つ目の事件は、多額の借金を抱える男を標的とした、被害者の家族をも巻き込む巧妙な保険金殺人です。
これらの事件を通じて、須藤の冷徹で暴力的な側面が際立つ一方で、木村は一見穏やかで人当たりの良い印象を装いながら、裏では巧みに人々を操り、自らは手を汚さずに目的を達成する冷酷な策略家としての顔を見せます。木村は、これら一連の事件で巨額の金銭を手にしていました。別の事件で逮捕された須藤の告発がなければ、これらの余罪が明るみに出ることはなかったでしょう。須藤が告発を決意したのも、木村からの裏切りがあったからこそです。
木村や須藤の残忍な殺害計画は、まさに人間の心の闇が具現化した「悪」そのものです。しかし、その事件を執拗に追い続ける記者・藤井の中にもまた、人間が持つ本質的な闇が存在していることが示唆されており、観る者に人間の深層について深く問いかける一作となっています。
『凶悪』は、単なる犯罪映画にとどまらず、ジャーナリズムの倫理、人間の欲望、そして「悪」の根源とは何かを深く掘り下げた社会派作品です。現実に起こった事件を基に、その背景にある人間の複雑な心理と社会の病巣を浮き彫りにすることで、観客は自らの中にも潜むかもしれない「闇」と向き合うことを迫られます。この映画が提示する「教訓」は、我々が生きる現代社会において、決して見過ごすことのできない重要なメッセージと言えるでしょう。
参考資料
- 新潮45編集部編『凶悪 -ある死刑囚の告発-』新潮社
- Yahoo!ニュース (掲載記事元)