2025年7月の参議院議員選挙で、参政党が大きく躍進した現象は、単に「政治的に無知な支持者が陰謀論や排外主義に毒されただけ」と切り捨てるだけでは、本質を見誤ると批評家の東浩紀氏は指摘します。同氏の分析によれば、参政党が支持を広げた背景には、既存の政治が国民の多様な声に応えられていない現状が色濃く反映されています。この動きは、日本社会における深い地殻変動を映し出し、リベラル勢力にとっても喫緊の課題を突きつけています。本稿では、東氏の視点に基づき、参政党躍進が示す日本社会の変化と、凋落するリベラル勢力が今後取り組むべき「新しいリーダー像」について多角的に考察します。
リベラル勢力がJ.D.ヴァンスから学ぶべき「共振力」
新しいリーダー像を考える上で、東浩紀氏はアメリカのJ.D.ヴァンス副大統領の存在を強調します。現在41歳という若さながら、今後数十年にわたりアメリカ政治の中枢で活躍する可能性を秘めた人物です。彼の著書『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』は多くの読者に感銘を与えました。ヴァンス氏は、アパラチア地方の貧しい白人労働者階級(通称ヒルビリー)の出身でありながら、猛勉強の末に名門イェール大学ロースクールを卒業し、弁護士となりました。さらに、その過程で海兵隊にも所属しています。
変動する日本社会におけるリーダーシップの必要性を示す抽象的なイメージ
この複雑な経歴こそが、現代のリーダーに求められる「共振力」の源泉だと東氏は分析します。ヴァンス氏は「貧しい労働者階級の痛み」を知る叩き上げであると同時に、「エリート層の言語」を操る知識人であり、「軍務経験」という強さの象徴をも兼ね備えています。このように、異なる階級や世界を横断する人生経験と、そこから紡ぎ出される物語は、理屈を超えて人々の感情に訴えかけ、大きなうねりを生み出す力を持っています。彼の思想には家族主義や仲間びいきといったリベラル的な視点から批判される点も多いものの、その「共振力」は紛れもない事実です。
日本の政治家に“決定的に欠けている”共感の力
日本もまた、このJ.D.ヴァンス氏のような新しいタイプの政治家を必要としています。それは、世襲で何不自由なく育ったエリートでも、特定の業界や組合の利益を代弁するだけの政治家でもありません。自らの人生経験を通じて社会の様々な階層の痛みを理解し、それを自身の言葉で語り、人々の感情を束ねて行動へと変えていけるような、芯の強さを持った人物です。
この点において、例えば小泉進次郎氏や石丸伸二氏のような政治家は、残念ながら「共振力」の面で弱いと言わざるを得ないと東氏は指摘します。彼らが語る「怒り」や「改革」のメッセージに、多くの国民は自身の感情を乗せることができないのが現状です。その根本的な理由として、彼らと国民が生きる世界がかけ離れすぎている点が挙げられます。立場の違いが感情の「共振」を阻害し、支持層の拡大を困難にしているのです。
参政党の躍進が示したのは、単なるブームではなく、日本社会の奥底に横たわる「既存政治への不満」と「新しい共感のリーダー」を求める強い願望です。リベラル勢力がこの課題を乗り越え、再び国民の信頼を得るためには、J.D.ヴァンス氏が体現するような、多様な階層と感情を繋ぎ合わせる「共振力」を持つリーダーの育成が不可欠でしょう。