北海道では近年、ヒグマによる人身事故が頻発しており、社会問題として深刻化しています。住宅地や登山道で人が襲われる痛ましい事態が相次ぐ中、「なぜ事故を防げなかったのか」という問いが強く投げかけられています。本稿では、北海道の具体的な事例を通して、今後のクマ対策における課題と、専門家が指摘する「即応できる体制」の重要性について考察します。すべてのクマ事故は防げると言われる一方で、いまだに繰り返される悲劇の背景には何があるのでしょうか。
住宅地を襲うクマ:福島町での悲劇
2025年7月12日、北海道福島町で未明の住宅地を震撼させる痛ましい事件が発生しました。新聞配達中の男性がヒグマに襲われ、命を落としたのです。目撃者によると、「新聞を入れる音がしてまもなく叫び声が聞こえ、玄関を開けると、目の前でクマが人間の上に覆いかぶさるような状態が見え、人間を引きずってやぶの方向に逃げていった」とのこと。当時、報道部で各地のクマ問題を最前線で取材してきた筆者も、このニュースを呆然と見守りました。現場の草やぶが「クマがいないか確認するため」に刈られている映像は、本来「事前の対策」として行われるべき草刈りが、なぜ事故後に実施されているのかという疑問を強く抱かせました。クマは身を隠せる背の高い草や川沿いを移動することを好むため、事前の草刈りは非常に有効な対策の一つです。
住宅地に現れるヒグマ、住民の安全を脅かす存在
知床羅臼岳での登山者死亡事故と繰り返される悲劇
福島町の事故原因や経緯の検証、今後の対策が急がれる中で、さらに悲劇は繰り返されました。同年8月14日、世界自然遺産である知床半島の羅臼岳で、登山中の男性が再びヒグマに襲われて死亡したのです。立て続けに発生する人身事故は、私たちのクマ問題に対する認識と対策が、現状に追いついていないことを浮き彫りにしています。なぜ防げるはずの事故が繰り返されるのでしょうか。この問いに真摯に向き合い、根本的な解決策を模索することが、今、求められています。
専門家が指摘する「即応できる人と体制」の欠如
福島町の事故翌日、札幌市中央区で開かれた「ヒグマ勉強会」に参加したクマの専門家、間野勉氏は、現在の対策体制の決定的な欠陥を指摘しました。「すべてのクマによる事故は防げるはずなのに、今の体制には、危険な兆候に気づいてすぐに対処するための手立てが圧倒的に足りていない。キーワードは『即応できる人と体制』だ」と間野氏は語ります。実際、福島町では事故前から、目が合うと近づいてくるクマが目撃され、荒らされたゴミ箱も見つかるなど、危険な兆兆候が確認されていました。羅臼岳でも、数日前から登山道でクマと人が3〜4メートルまで接近したり、クマスプレーを噴射しても数分間付きまとわれたりする事例が報告され、注意喚起がなされていたのです。これらの事実は、「事前の対策」や「危険な兆候の把握」だけでは不十分であり、その情報に基づいて「即座に適切な対処を行う」体制が不可欠であることを示しています。クマ対策は、クマの生態を理解するだけでなく、人間の行動変容と、危険な状況に対する迅速な対応能力が鍵となります。
結論:クマ対策は「人対策」へ、即応体制の構築が急務
相次ぐヒグマによる人身事故は、「すべてのクマ事故は防げる」という専門家の言葉の裏にある、現在の「人」が関わる対策体制の脆弱性を浮き彫りにしています。事前の注意喚起や対策だけでなく、危険な兆候を察知した際に、迅速かつ的確に対応できる「即応できる人と体制」をいかに構築するかが、今後のヒグマ問題解決の鍵となります。これは、行政、地域住民、専門家が一体となり、情報共有と実践的な行動が連動する、大きな変化と小さな積み重ねを要する取り組みです。北海道における安全な共存を目指すためには、クマ対策はもはやクマだけの問題ではなく、「人」の意識と行動、そしてシステム全体を問い直す「人対策」としての視点が不可欠と言えるでしょう。