1990年代後半から顕在化し始めた「毒親」の問題は、過干渉や暴言・暴力などで子どもを支配し、成人後も生きづらさを抱えさせる深刻な社会現象となっています。特に最近では、女優の遠野なぎこ氏が実母からの虐待経験を明かしていたこともあり、その悲劇的な側面が改めて注目されています。従来、毒親問題は母と娘の関係に焦点が当てられることが多かったものの、実際には母が息子を追い詰め、その人生を破壊するケースも決して少なくありません。
ノンフィクション・ライターの黒川祥子氏は、こうした「毒母」に人生を破壊された息子たちへの連続インタビューを通じ、彼らの過酷な人生を追ってきました。今回はその連載最終回として、両親から精神的、肉体的虐待を受けながら育ち、伴侶や子どもにも恵まれながらも、50代になった今なお母の呪縛から解き放たれない男性の物語をお届けします。
「とにかく、死ぬことをずっと考えていて…」苦悩する50代男性の告白
井川郁人さん(仮名)、51歳。穏やかな印象の笑顔の裏には、長年にわたる深い苦悩が隠されています。彼は「とにかく、死ぬことをずっと考えていて、これまで勇気がなくて死ねなかっただけなんです。自分でもどうやったら死ねるか、ずっと考えた結論が、銃でした。銃なら、一発で苦しまずに死ねる」と、淡々と語ります。生きることに絶望し、死の方法まで真剣に模索する彼の言葉は、聞き手に衝撃を与えました。
毒母による叱責に苦しむ息子のイメージ写真
井川さんは現在、精神科での治療を受けながら、生活保護の支援を受けてアパートで一人暮らしをしています。過去には伴侶を得て、子どもをもうけた経験もありますが、子育ては彼にとって非常に困難なものでした。彼は告白します。「僕は、息子を叩きました。それは彼のより深いところで、トラウマになっていると思う」。自身の受けた虐待が、無意識のうちに次の世代へと連鎖してしまう現実を示唆しており、毒親問題の根深い影響を浮き彫りにしています。中高年の「ひきこもり」に分類される男性で、実子がいるケースは黒川氏のインタビューの中でも井川さんが初めてであり、彼の物語は毒母による「母の呪縛」が、いかに個人の人生、ひいては家族の未来に重くのしかかるかを伝える貴重な証言となっています。
毒親の連鎖と「アダルトチルドレン」としての生きづらさ
井川さんの事例は、両親からの精神的・肉体的虐待が、成人した子どもに「生きづらさ」として長く影響を及ぼし続ける現実を改めて浮き彫りにします。彼のように、自らも「アダルトチルドレン」として内なるトラウマを抱えながら、親となることで無意識に虐待のパターンを繰り返してしまう連鎖は、社会全体で向き合うべき重要な課題です。毒親問題は個人の苦しみにとどまらず、世代を超えて影響を及ぼし、ひきこもりや精神疾患といった形で社会に現れることがあります。
この問題の根底には、親子の関係性における支配と依存、そして愛情の歪みが存在します。井川さんのようなケースから、毒母の呪縛がどれほど深く、そして長く個人の心を縛り続けるか、その実態を理解し、適切な支援や社会的な意識改革の必要性が強く求められます。
参考文献
- 黒川祥子. 「『死ぬことをずっと考えて』母に人生を破壊された50代男性の告白」. デイリー新潮, 2025年8月31日掲載. (https://news.yahoo.co.jp/articles/ccf015c1c604d37feecfa67d691f279877a7f008)