9月7日の記者会見で「自民党総裁を辞する」と表明し、わずか1年で退陣へと追い込まれた石破茂首相。しかし、この政権の終焉を告げる「滅びの鐘」を鳴らしたのは、意外にも石破政権の「生みの親」であったはずの岸田文雄前首相でした。自民党が大混乱に陥る中、石破首相を“使い捨て”にするかのような動きを見せた岸田氏は、新たな「闇将軍」として、その存在感を増しています。本稿では、石破政権崩壊に至るまでの岸田氏の巧妙な戦略と、その裏に隠された真の狙いを深掘りします。
岸田氏による「石破おろし」の巧妙な戦略
「すべては私の計算通りになった」。岸田文雄前首相のそんな心の声が聞こえてきそうなほど、石破首相の総裁リコールを巡る自民党の内紛において、最後に決定的な動きを見せたのは岸田氏でした。最大の山場は9月2日の自民党両院議員総会。その直前、事態は閣内の旧岸田派から反乱の火の手が上がったことで急展開します。
石破氏の側近である岩屋毅外相が、総裁選前倒しに賛成するなら辞表を出せと「踏み絵」を迫ると、旧岸田派の小林史明環境副大臣、神田潤一法務政務官、そして麻生派の斎藤洋明財務副大臣らが「求められれば辞任する」と応じ、前倒しを強く要求しました。この動きが反石破勢力を一気に勢いづかせたのです。旧岸田派関係者は「旧岸田派の副大臣や政務官に『石破に辞表を叩きつけるつもりでやっていい』と岸田さんからゴーサインが出たと見ていい。石破首相は味方だと思っていた旧岸田派が敵に回ったのだから、大誤算だったはずだ」と語ります。
両院議員総会後には、参院選敗北の責任を取って森山裕幹事長が辞意を表明。さらに旧岸田派の小野寺五典政調会長と木原誠二選対委員長、麻生派からは鈴木俊一総務会長が揃って石破首相に辞表を提出するという事態に発展しました。特に、小野寺氏も木原氏も岸田前首相の側近中の側近として知られる人物です。これら岸田側近たちの動きによって、石破首相は事実上「死に体」となり、政権の維持が困難になりました。
石破政権の命運を左右する岸田文雄前首相の姿
「加藤の乱」から学んだ岸田氏の老獪な手腕
数々の政変を取材してきたベテラン政治ジャーナリストの野上忠興氏は、今回の岸田氏のやり方を「実に老獪だった」と評します。野上氏によると、「最初に石破倒閣運動の先頭に立ったのは旧安倍派や旧茂木派、それに麻生派だが、岸田は彼らに石破おろしの汚れ役をやらせながら、自分はそれには乗らずにキャスティングボートを握った。そしてタイミングを見て石破にトドメを刺すべく動いた」とのこと。旧安倍派を排除した石破政権を支える旧岸田派が政務三役や党役員を引き揚げれば政権は持たないと、最初から岸田氏は計算していた動きだというのです。
この岸田氏の戦略は、森喜朗政権当時に自民党で起きた「加藤の乱」から学んだものだと指摘されています。「加藤の乱」では、加藤紘一元幹事長が派閥議員を率いて倒閣運動の先頭に立ちましたが、党内からの切り崩しにあって失敗し、失脚しました。若手議員時代に加藤氏とともに倒閣運動に加わった経験を持つ岸田氏は、今回はあえて石破おろしには直接参加せず、「総裁リコールに失敗すれば旧安倍派や旧茂木派、麻生派の議員たちの責任、成功すれば岸田氏が手柄を独り占め」という絶妙なポジションに自らを置いていました。
石破氏の役割終焉:裏金問題で旧安倍派を弱体化させる使命
岸田氏は、元々石破政権の「生みの親」でもありました。昨年9月の総裁選で、「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と出馬しないことを表明。その上で決選投票では石破氏支持に回り、石破氏の逆転勝利をもたらした経緯があります。では、なぜこの土壇場で「反石破」へと転じたのでしょうか。
岸田側近の一人は、「石破は役割を終えた」と明かします。「岸田さんは総理時代、裏金事件を機に派閥解散方針を決め、岸田派とともに最大派閥の安倍派を解散に追い込んだ。だが、旧安倍派を徹底的に弱体化させるためには派閥解散だけでは不十分で、総選挙で裏金議員を公認せずに落選させる必要があった。それができるのは、もともと安倍派だった高市早苗氏ではなく石破氏だった。だから石破氏を総裁にしたのだ」と説明しています。
岸田氏の思惑通り、石破氏は裏金議員を非公認にして落選に追い込み、旧安倍派議員は昨年の衆院解散総選挙と今年の参院選で半減しました。この側近は「もう石破氏の役目は終わったんだよ」と、岸田氏が石破氏を政権の「使い捨ての駒」として利用したという見方を示唆しています。
結論
石破茂首相の電撃的な退陣は、単なる政権運営の失敗というよりも、岸田文雄前首相が綿密に練り上げた「闇将軍」としての戦略の成果であったことが浮き彫りになりました。旧安倍派の弱体化という目的を石破氏に果たさせた後、タイミングを見計らって引きずり降ろすという老獪な手腕は、加藤の乱から学んだ教訓を最大限に活かしたものです。この一連の動きは、自民党内の権力構造に大きな変化をもたらし、岸田氏が今後日本の政治においてどのような影響力を行使していくのか、その動向が注目されます。
参考資料
- 週刊ポスト2025年9月19・26日号
- Yahoo!ニュース: https://news.yahoo.co.jp/articles/9ef11dd36a2ab708063b09f94ade68b61c96003e