山口の長門湯本温泉、マスタープラン策定から10年の進化


派手な歓楽街や大型ホテルが並ぶ温泉地とは異なり、音信川(おとずれがわ)沿いに静かな旅館と小さな店が立ち並び、古くから“湯治の里”として親しまれてきた。かつては静まり返っていた温泉街は、いま新しい息吹に満ちている。

【画像】2016年の「長門湯本温泉観光まちづくり計画」で再生した温泉、宿泊施設

■「行政が動かす」から「地域が動く」へ

1983年に約39万人いた長門湯本温泉の宿泊客は、2010年代半ばには18万人前後まで減少。150年続いた大型旅館が2014年に破産し、温泉街に衝撃が走った。観光客の需要が団体旅行から個人旅行へと変化するなか、旅行会社経由などの団体旅行への依存度が高かった長門湯本は、時代の変化に対応しきれなかったのだ。

この危機感を背景に、長門市は2016年にマスタープランとして「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を策定。その施策の一つとして星野リゾート「界 長門」との協業が掲げられ、2020年の開業前後から温泉街は少しずつ動き始めた。その変化の中心にいるのが、長門湯本温泉まちのエリアマネージャー、木村隼斗だ。

木村が長門に関わり始めたのは、経済産業省の職員として地方創生人材支援制度で長門市役所に派遣された2015年だった。当時の長門は閉塞感が強く、「民間で動きたいが、行政が旗を振らないと何も始まらない」という依存構造が強かったという。

老舗旅館跡地に星野リゾートを誘致し、温泉街の再生が少しずつ動き出したが、木村には課題が見えていた。「外からの投資だけでは町は続かない。」任期を終えて東京に戻った後、木村は再び長門に戻る決意をする。地域主体のエリアマネジメント法人に応募し、今度は地域の中から仕組みを動かす立場として温泉街の活性化に向き合った。

2020年、長門市は入湯税を1人150円から300円に引き上げ、その一部をまちづくり会社の財源に充てる仕組みを開始。景観整備やイベントの実施など、地域内で経済が循環する仕組みを構築した。活動内容は外部委員会への報告やYouTubeでの公開など、透明性を担保しながら進めている。木村はこう語る。

「私の役割は、まちで何かに挑戦したい人たちが安心して動けるように、“地ならし”をすることなんです」

町のシンボルだった共同浴場「恩湯(おんとう)」も老朽化で解体されたが、その後は民間主導で再生。「建物は行政、運営は民間」という公設民営案が多いなか、若い後継者たちは民設民営にこだわり、「(株式会社)長門湯守」を設立。2020年、新たな姿で恩湯は生まれ変わった。



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