静岡県静岡市に1948年に設計・施工された日本最古の鉄筋コンクリート造の羽衣団地がある。
【写真】日本最古の団地の室内はこんな感じ。昔の生活がよくわかる
4階建て2棟、総戸数48戸で築76年。もうすぐ80年を迎えるが、同年代の団地がこれまでに次々に取り壊されていく中、ずっと現役だったうえに、25年には一部の空き部屋を改修、移住希望者への長期お試し住宅として活用されることになった。
これだけの古さにもかかわらず、耐震性もあり、コンクリートの強度も十二分という、驚異の最高齢団地を見てきた。
■ずっと現役!
日本で現存する最古の団地は48型と呼ばれる5棟。戦後復興期の公営住宅は建設院建築局住宅建設課が作成した標準設計に則って建設されており、設計年度を称した型式で呼ばれている。48型は1948年設計という意味だ。
もっとも古いのは47型の東京都営高輪アパートだが、これは90年に建替えられて現存していない。そのため、現存最古は48型なのだが、そのうちの2棟は、49年3月に竣工した静岡市営羽衣団地である。
羽衣団地がすごいのは他の団地が一時的に使用中止になったり、廃止、解体の案が出ている中、ずっと現役で使われてきており、2025年には移住希望者向けの長期お試し住宅として新たに入居者を募集しているということ。
このままいくと80年はおろか、100年を超えて使い続けられる、日本のRC住宅としては超長寿命住宅になる可能性がある。
建設された1949年は戦後の復興期で住宅が足りていないのはもちろん、コンクリートも鉄筋も足りていなかった時代である。しかも、地方にはそもそもコンクリートを打設する技術を持つ事業者も少なかったという。
そんな中、いち早く国に働きかけ、建設資材の配給を受けたのは静岡市が2度の大火を経て防火対策の重要性を強く感じていたため。もちろん、戦後の住宅不足の解消、生活水準の向上、市内事業者の育成、新たな生活様式のためのモデル住宅の建設などという意味もあるが、火災への備えという意識は非常に強かった。
静岡市の1度目の大火は40年1月。市内西側にある安倍川からの風に煽られて燃え広がった火は静岡駅や松坂屋静岡店などを焼き尽くし、中心市街地は焼け野原に。静岡県の歴史的公文書によると消失家屋5089戸、うち全焼4991戸、罹災人数2万6000人(概数)という大きな被害を出している。






