能登半島地震から2年:復興の現状と「道路マニア」が見つけた意外な魅力 – 珠洲市の珪藻土採掘跡を訪ねて

2024年元日に能登地方を襲った巨大地震、そして同年9月に発生した水害は、地域に甚大な被害をもたらしました。震災後、「復旧が遅い」「進捗が早い」など様々な議論が交わされる中、2年が経過した今、能登半島の現状はどうなっているのでしょうか。この記事では、被災地を度々訪れてきた筆者が、「道路マニア」としての視点も交え、能登の復興の様子と、そこで発見したマニアックな魅力を深掘りします。

能登半島地震から2年:復興への道のり

能登半島を襲った未曾有の災害から2年が経過しました。元日の激しい揺れに加え、その後の水害も復興への道のりをさらに困難にしています。報道では復旧のペースに関して様々な声が聞かれますが、現地に足を運ぶことで見えてくる現実があります。筆者は震災直後から能登を訪れており、今回は取材目的ではなく、能登の魅力を再発見する旅として現地に赴きました。その中で感じたのは、厳しい状況の中でも前向きに進む人々の姿と、被災を乗り越えようとする能登の力強い生命力です。

能登滞在の現状:宿泊施設の課題と支援サイト

今回の能登半島への旅は、宿探しから困難を極めました。震災から2年が経とうとしているにもかかわらず、営業を再開しているホテルや旅館は依然として非常に少ないのが現状です。能登半島の付け根に位置する有名な和倉温泉でさえ、半数以上の旅館が営業できない状態にあります。また、再開している宿の中には、復興工事関係者やボランティアを対象としているところも多く、一般の観光客が利用できる選択肢は限られています。

そのような状況の中、筆者は被害の大きかった珠洲市で、一般客を受け入れている民宿を見つけることができ、無事に予約を済ませました。宿泊施設の検索には、通常の予約サイトやGoogleマップでは見つけにくい宿も多く、「能登で泊まれる宿」を紹介する専用サイト「能登ステイ」が非常に役立ちました。これは、能登への訪問を考える人々にとって貴重な情報源となるでしょう。

能登の宿泊施設を紹介する「能登ステイ」のロゴと案内図能登の宿泊施設を紹介する「能登ステイ」のロゴと案内図

珠洲市で発見:幻想的な珪藻土採掘跡の秘密

能登半島の先端を目指し、珠洲市の北部へと車を走らせる道中、海沿いの道で見附島を過ぎたあたりで、筆者は思わず車を停めることになりました。山の斜面にぽっかりと開いた大きな穴が目に飛び込んできたのです。近づいてみると、そこには角張った切り跡があり、まるで石切り場の跡のようでした。

調べてみると、これは珪藻土の採掘跡であることが判明しました。珪藻土は、珪藻という藻類の殻の化石が堆積してできた土で、濾過材や断熱材、さらには七輪などの原材料として幅広く利用される鉱物です。珠洲市は日本一の珪藻土埋蔵量を誇り、古くからその資源を活用してきました。採掘跡が石切りのように角張っているのは、切り出した珪藻土をそのまま七輪やコンロの形に整えるためだと言われています。

この採掘跡がなぜこのようにむき出しになっているのかという疑問もすぐに解決しました。実は震災前までは、この坑口の前に旅館が建っており、目隠しとなっていたのです。しかし、震災によりその旅館が被災し解体されたため、現在の光景が姿を現したという、意外な経緯がありました。

結びに

能登半島地震から2年が経過した現在、能登は復興への道を一歩ずつ着実に進んでいます。宿泊施設の課題や変わりゆく風景の中に、この地域ならではの歴史や文化、そして人々の暮らしが息づいていることを改めて感じさせられます。珠洲市で見つけた幻想的な珪藻土採掘跡のように、困難な状況下でも、能登には訪れる人々を惹きつけるユニークな魅力が数多く存在します。復興を支援し、能登の魅力を再発見するために、ぜひ現地に足を運んでみてください。

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