JR東の松田氏 「プランナー」として国鉄民営化に注力、同社の礎築く

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元JR東日本会長の松田昌士さん =東京都千代田区

元JR東日本会長の松田昌士さん =東京都千代田区

 19日に亡くなったJR東日本顧問の松田昌(まさ)士(たけ)氏は国鉄時代、若手の改革派だった井手正(まさ)敬(たか)氏(85)、葛西敬(よし)之(ゆき)氏(79)とともに国鉄の再建や分割・民営化を推進。累積債務が膨らみ、労使関係の問題も深刻化していた中、反対派の抵抗に遭いながらも一貫して再建計画を立案する計画畑を歩み、自らを「プランナー」と称した。JR東日本発足後は、整備新幹線など列車の高速化による乗客の利便性向上や非鉄道事業にも注力し、現在の同社の礎を築いた。

 国鉄時代は主に経理や経営計画畑で累積赤字が膨らみ続ける国鉄の再建計画作りを担当した。昭和57年に第2次臨時行政調査会が国鉄の分割・民営化の方針を打ち出すと、国鉄経営計画室の計画主幹として、計画作りを本格的に担った。

 この際、同士となったのが入社年次が2年上の井手氏と2年下の葛西氏だ。3人は国鉄再生には抜本改革が不可欠との問題意識を共有。分割・民営化を推進する中曽根康弘内閣と足並みをそろえ、改革を内側から主導した。

 JR東日本の発足後は常務、副社長を経て、平成5年6月に第2代の社長に就任。首都圏の快適な通勤を実現するための増便や、山形新幹線や秋田新幹線による高速鉄道ネットワーク構築を推進した。

 一方、松田氏は鉄道以外の事業展開でも手腕を発揮した。会長時代の13年に交通系ICカードの「Suica(スイカ)」を改札に導入。現在、スイカはさまざまな場面での支払いの内容に加え、移動経路などもたどることができるビッグデータとして活用することが期待されている。

 JR東日本は30年に発表した10年間の経営構想「変革2027」の中で、人口減少時代を見据え、輸送サービスから生活サービス中心に事業を推進する方針を打ち出した。スイカはその中でも重要な役割を担うことが期待されており、松田氏の先見性は令和の時代になっても輝きを失っていない。(大坪玲央)

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