新型コロナウイルスの感染拡大は、北朝鮮による拉致被害者の救出に向けた世論喚起の取り組みにも影を落としている。「3密」になりがちな講演会や署名活動の開催が困難になっているからだ。関係者はどう難局を乗り越えようとしているのか。拉致被害者や特定失踪者の家族らでつくる「拉致問題を考える川口の会」(埼玉県川口市)の藤田隆司さん(62)に聞いた。
藤田さんの兄で特定失踪者の進さん(64)=失踪当時(19)=は昭和51年2月、「アルバイトで新宿方面に行く」と家を出た後に消息を絶った。
これまで藤田さんは拉致問題をテーマに埼玉県内の中学校や高校で講演を重ねてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い開催が中止になるケースが相次いでいる。
「コロナは怖い。これまで地道にやってきたことが一瞬でできなくなった…」
人と近距離で対面せざるを得ない署名活動についても、「川口の会」は2月から休止しており、再開のめどは立っていない。感染の収束を待たずに実施した場合、これまで築いてきた運動に対する理解を失いかねないという懸念は根強い。
被害者家族の高齢化が進む中、十分な活動をできないことへのもどかしさは募るばかりだ。
藤田さんの父の春之助さんは昨年10月に95歳で亡くなった。「おやじと兄貴を再会させられなかったのは本当に悔しい」と藤田さんは無念そうに語る。
一方で、感染拡大による活動の停滞が「会の原点に戻るきっかけを与えてくれた」とも感じている。会の中では、感染リスクを避けて行うことができるSNS(会員制交流サイト)を活用した啓発運動などの新しいアイデアが出始め、これまでよりも活発に意見が交わされるようになったという。
「兄貴の帰国を待つ人間はたくさんいる。どんな状況でも、再会できるその日まで活動を続けたい」
藤田さんはこう前を向いた。(竹之内秀介)