2016年のノーベル文学賞受賞後、初の新曲によるアルバム「ラフ&ロウディ・ウェイズ」を発表したボブ・ディラン。オリジナル楽曲によるスタジオ録音盤は、「テンペスト」以来8年ぶりとなる。
世界各国で注目され、14カ国のチャートで初登場トップ10入りを果たした。英国では史上最高齢のナンバーワン・アーティストとなった。米国では1960年代~2020年代まで7つのディケード(年代)で全米トップ40入りを成し逐げた初のアーティストにもなった。
また、先行して発売したケネディ大統領の暗殺をテーマにした約17分に及ぶ大作シングル「最も卑劣な殺人」は、ディランにとって初のビルボード・シングル・チャートのナンバーワンとなった。
アルバム全体のサウンドはいたってシンプルだが、音に奥行きと深みがある。語りを交えた歌には、例えば1960年代の名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」のような激しさはない。が、説話を語るように言葉を一つずつ歌っていくさまには、とてつもないすごみがある。60年近いキャリアがあるからこそ、常に時代の真理を追求する姿勢があるからこそ、そのすごみが生まれたのだ。
個人的には、ここ数年のディラン作品の中でも最高傑作と感じられた。静寂の中に、人間としてのとてつもない熱量が解き放たれているのだ。これまでの38作のどのスタジオ録音アルバムと比べても、その熱量は極めて大きい。
歌詞を読めば分かるが、ボブ・ディランはこの時代、すなわち今を憂い、嘆き、悲しみ、そして怒っている。それをストレートに表すのではなく、抑えたサウンドと歌に託したから、より共感が広がるのだ。
このアルバムには米国の重んじるフロンティア精神が詰まっている。すべての音楽ファンにとってボブ・ディランは、精神の開拓者なのだ。79歳。もう毎作が“遺作”のようなものだろう。それでも彼は、最後まで闘い抜く。そう思わされた。(音楽評論家)