人通りもまばらな16日午前7時の西武多摩川線新小金井駅前(東京都小金井市)。「本人」と大書したたすきをかけて現れたのは、立憲民主党の元首相、菅直人(かん・なおと)(74)だ。
「首相のお眼鏡にかなわない人は排除される。民主主義の根幹が脅かされる重大な問題だ」
菅はマイクを手に、日本学術会議が推薦した6人の会員候補を任命しなかった首相の菅義偉(すが・よしひで)を批判。中選挙区時代から約40年間通い慣れた地でもあり、通りかかる人は会釈したり手を振ったりする姿が目立った。
衆院当選13回を誇る大物としては異例だが、菅(かん)は9月頃から「本人タスキ」をかけて街頭に立つ。立民幹部は「こんなタスキは無名の新人候補が顔を売るためのもの。選挙区で知らない人はいないのに、自身を奮い立たせるためにやっているのだろう」と語る。
菅がここまで前哨戦に熱を入れるのは、次の衆院選の相手が、自らの政権で防衛政務官を務め、昨年6月に自民党へと転じた衆院議員の長島昭久(58)となったからだ。
菅には、長島の政界入りを導いたという思いもある。長島が初当選した平成15年の衆院選で、民主党代表だった菅は選挙戦を締めくくる「マイク納め」の場に、当時の長島の地盤だった衆院東京21区を選んだ。
菅は前回の29年衆院選こそ8年ぶりに選挙区で勝利したが、それまで2回連続で自民党元衆院議員の土屋正忠に敗れ、重複立候補した比例代表での復活という屈辱も味わった。最近は高齢を理由に引退説もささやかれていたが、昨年7月の参院選後の慰労会で立民幹部が世代交代の腹を探ると、菅は急に不機嫌となった。同席者には後日、続投への意欲をこう打ち明けたという。
「正直、長島が(18区に)来なければ潮時かと思っていた。長島が自民からこの選挙区に出るなら、俺が戦わないといけない」
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一方、長島が菅との戦いを決断したのは、自民党議員として生きていく覚悟を示すためでもある。
「時代を大きく前に進めるために、菅(かん)ではなく菅(すが)。菅(すが)政権の下で、次の衆院選に挑戦していきたい」
長島は11日昼過ぎ、京王線府中駅前(東京都府中市)でマイクを握り、こう訴えた。「私の相手は大きな大きな元首相だが、しっかりと政策論争でチャレンジしていく」とも語り、対決姿勢を隠さない。
菅(かん)への恩義はあるが、長島は菅(かん)政権が東日本大震災の対応でつまずいた際、民主党で「菅下ろし」を主導したメンバーでもある。長島は21区で当選を重ねてきたが、自民党入党時に選挙区を返上した。既に地方議員らと選対本部を立ち上げ、組織票固めを進める。
ただ、新天地に移った直後を新型コロナウイルスが直撃した。陣営幹部は「有権者と触れ合う機会がほとんどなく、支持が浸透している実感はない」と嘆く。
今後の焦点は、長島が同じ二階派(志帥会)に所属し、菅(かん)と「土菅戦争」を繰り広げた土屋の動向だ。土屋は前回衆院選で約1000票の僅差で敗れ落選中の身だが、再チャレンジの意欲は捨てていないとされる。土屋が出馬すれば自民の支持層が割れるのは確実だ。
二階派の幹部は「土屋の支援がなければ長島は勝てない」と語るが、土屋は「アクセルもブレーキも踏まない」と静観の構えを崩さない。=敬称略
(奥原慎平、広池慶一)