大椿裕子議員ヘイトスピーチ訴訟判決:勝訴も「差別」認定見送り、残る法的課題

社民党副党首の大椿裕子参議院議員がX(旧ツイッター)への投稿でヘイトスピーチを受け、「差別されない権利」を侵害されたとして、大王製紙元会長の井川意高氏に損害賠償を求めた訴訟の判決が6月27日、東京地裁で言い渡されました。餘多分宏聡裁判長は、井川氏に対し慰謝料など55万円の支払いを命じ、該当投稿の削除を命じる大椿議員の勝訴としました。しかし、判決が「差別」そのものに対する明確な判断を避けたことで、ヘイトスピーチ問題における法的課題が浮き彫りとなっています。

大椿議員への投稿には「在日」「半島人」といった言葉が用いられ、裁判所はこれらの表現が内容の真実性を欠き、「侮辱的・差別的な意味合いで、社会通念上許される限度を超えている」と認定。名誉毀損と侮辱にあたる違法行為と判断しました。

訴訟の経緯と井川氏によるヘイト投稿

この訴訟の発端は、2024年5月24日に大椿裕子議員がXに投稿した内容でした。大椿議員は、外国籍市民の永住許可取り消しを容易にする入管難民法改正案に反対する意見を表明しました。これに対し、井川意高氏は大椿議員の投稿を引用し、以下のような攻撃的な内容を連投しました。

井川氏は、在日コリアンではない大椿議員に対し、「まずおまえの永住許可を取り消したいわ・反日クソクズ在日が!」「祖国に還れ!半島人めが!」「日本の敵が国会議員をしている」などと書き込みました。大椿議員側は、これらの投稿が差別を目的とし、被差別属性とみなして攻撃する「みなし差別」にあたると主張。単なる名誉毀損や侮辱にとどまらず、属性を理由に排斥するヘイトスピーチに該当し、より重大な人格権侵害であると訴えていました。

過去の判例と今回の「差別」判断の課題

ヘイトスピーチに対する過去の判例として、2010年4月に徳島県教職員組合が朝鮮学校を支援していると因縁をつけられ、レイシスト集団が同組合に乱入した事件があります。この際、組合員の女性に対し「朝鮮の犬」「非国民」などと罵倒が続けられました。高松高等裁判所は2016年4月、この行為を「人種差別に基づく行為」と認定し、一審の2倍近い436万円の支払いを命じ、同年11月に最高裁で判決が確定しています。

大椿裕子社民党副党首がヘイトスピーチ訴訟勝訴判決後の記者会見で話す様子大椿裕子社民党副党首がヘイトスピーチ訴訟勝訴判決後の記者会見で話す様子

しかし、今回の判決は「差別」にあたるという判断に踏み込みませんでした。判決文には、「投稿が差別的言動であったとしても、名誉毀損や侮辱以外に侵害される権利の内実が判然としない」との記述があり、この部分から差別に対する裁判所の理解不足や、判断基準の不在が浮き彫りとなっています。

判決後の記者会見で大椿議員は、「差別的な投稿をしてはいけないと示せた」と判決の一部を評価しつつも、「差別の問題という本質的な部分に切り込めていない」と述べ、控訴も検討する考えを示しました。

日本社会における「反差別の規範」と「政治の責任」

今回の判決は、日本社会における反差別の規範や、差別を禁止し処罰する法律の不在という根深い課題を改めて明確にしました。井川氏が大企業元トップという社会的地位にありながら、嘘と差別に満ちたヘイトスピーチを撒き散らす「確信的な差別者」であるにもかかわらず、欧米であれば直ちに社会的地位を追われ、処罰されるはずの行為が、日本ではそうならない現状があります。

大椿議員は、この状況の背景には「差別を作り出した政治の責任」があると改めて強調しました。彼女は、ヘイト投稿が入管法改正の議論の最中になされたこと、そして政治家が国会で発言している内容がそのままインターネット上で排外主義的な言動として拡散されるようになった現状を指摘しています。近年、「日本人ファースト」を掲げる参政党や、「違法外国人ゼロ」を宣言する自民党など、各党が差別的・排外主義的な姿勢を競い合うような状況は深刻化しています。大椿議員は「人々の不満を政治家が受け止めるべきなのに、票を得ようと外国人をスケープゴートにしている」と憂慮しました。

差別撤廃法制定に向けた動きと今後の展望

このような状況を打破するために、立法府に強く求められるのは、差別をなくす法の制定です。大椿議員は、来る参議院選挙での再選を誓い、「差別撤廃法を作ろうという議員連盟も立ち上がり、私もメンバーだ。実現に尽力していきたい」と語っています。

今回の判決は、ヘイトスピーチの被害を法的に救済する一歩となったものの、「差別」という行為そのものに対する法的・社会的な認識と対応の必要性を改めて問いかけるものとなりました。差別撤廃法の制定は、日本が多様性を尊重し、全ての人々の人権が保障される社会を築くための喫緊の課題であり、その実現に向けた政治的・社会的努力が今後ますます重要となるでしょう。

参考文献