BTSアーミーの視点で見た 株式上場巡る激動の1週間

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BTSアーミーの視点で見た 株式上場巡る激動の1週間

 ジェットコースターのように市場の期待と失望が急速にアップダウンした。韓国男性7人の音楽グループ「BTS(防弾少年団)」の所属事務所「ビッグヒットエンターテインメント」が10月15日、韓国取引所に株式を上場した。初日は一時、ストップ高まで相場が過熱したが、その後は値下がりを続け、1週間後にはピーク時のほぼ半値になった。

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 BTSは2018年から1年2カ月にわたり14カ国で行われた世界ツアーで200万人以上の観客を動員した世界的なアーティスト。ファンクラブの名前にちなんで「Army(アーミー)」と呼ばれるファンは、文字通り軍隊のようにBTSを守ろうとし、時には所属事務所の商業主義を批判した。00年代前半に活躍した女性歌手BoAの歌を口ずさんだ韓流第1世代の記者が、第3世代を代表するBTSのアーミーの視点と、上場前後の激動の1週間を追った。

 ◇ストップ高は15分で崩壊

 「革新的な事業モデルを発掘し、グローバル市場で成長していく」。韓国取引所で行われた15日の上場式でビッグヒットの房時赫(パン・シヒョク)代表は会社の未来像をこう力説し、スタートを合図する太鼓を打ち鳴らした。

 午前9時、公募価格=1株13万5000ウォン(約1万2000円)の2倍の初値で始まり、一気に35万1000ウォン(約3万2000円)のストップ高まで急騰。しかし、わずか15分後に値は崩れ、初日は25万8000ウォン(約2万4000円)で取引を終えた。韓国メディアの上場前の報道では「ストップ高が何日続くか」と注目されていたが、フタを開けてみれば1日も維持できなかった。21日現在、18万ウォン(約1万7000円)を割り込む値で推移しており、上場直後に比べ48%以上の下落だ。

 その一因は機関投資家にあるとの見方もある。韓国の証券アナリストによると、機関投資家が上場直後に売り逃げることは、ある程度予想できていたという。ビッグヒットは全体の公募物量(713万株)の60%を機関投資家に割り当てており、その約2割については、一定期間は株を売らないという「義務保有確約」がなかった。

 さらに1カ月後には約31%、3カ月後には約18%、6カ月には約25%の株が義務保有期間を終える。韓国政府が不動産投機への規制を強化する中、投資家は行き場を失ったマネーを上場株の価格上昇を見込んで市場につぎ込んでおり、確約期間を過ぎれば売り注文が続く可能性が高い。上場前に公募価格で購入できた一般投資家はまだ損をしていないが、場外で高く買ったり、BTSグッズを買う感覚で上場後に参入したりしたアーミーは、機関投資家が株を大量放出する度に株価が下落する局面に心を痛めることになりそうだ。

 韓国取引所から徒歩5分。BTS好きの社長が経営するトックポッキ(お餅料理)専門店「五楽」を訪れた。BTSのポスターが壁や天井までギッシリ。アーミーから「聖地」とあがめられている名店だが、意外にも、株式上場に関する張り紙やメッセージは何もなかった。

 女性スタッフは「お客さんとの間では冗談で『株買ったか』って話題にはなるけど、本当に買ったという人見たことないわ。高すぎよ」と笑う。真っ赤なトウガラシ色のラーメンを食べていた20代女性社員は「ビッグヒットが抱える代表的なアーティストがBTSしかいないから上場でBTSが注目されるのは仕方ないけど、会社と命運を共にするかのように見られて気の毒。投資家の意向と関係なく音楽活動してほしい」と複雑な心境を語った。

 ◇750万人が登場する交流サイトでは

 アーミーたちがどんな思いで株式上場を見ているか、もっと知りたい。ビッグヒットの子会社が運営するKポップのファンコミュニティー専用アプリ「Weverse(ウィーバス)」から、BTSのサイトに登録してみた。日ごろからBTSの音楽映像は見聞きしていたが、ファンコミュニティーに入るのは初めてだ。

 登録者数は750万人を超える。ここでは公式グッズを買ったり、ファンクラブに加入をしたり、BTSの有料コンテンツを視聴できる。アーミー同士の意見交換も10カ国語の翻訳機能付きなので、母語で打ち込めば、世界中のアーミーが必要な言語に翻訳して読んでくれる。ここがまさに、房代表が「革新的な事業モデル」と強調した、世界にKポップコンテンツを発信するプラットフォームの現場の一つだ。

 メンバーのジミンの誕生日にあたる10月13日、掲示板で微妙な緊張が走った。上場の2日前のことだ。

 「株を買わないとアーミーじゃないとか、誕生日祝うなとかいう書き込みはやめて」という訴えに、10代のアーミーたちが「学生はお金がないから株は買えない。私はアーミーの資格ないの?」と同調する反応を示した。これに先立ち、上場前に一般公募の申し込みで何株を割り当てられたとか、「聖地の本社を株主として訪れよう」などの書き込みがあった。

 ウィーバスはBTSグッズを買える空間なので、好きなメンバーの関連グッズを買っては自慢する書き込みは珍しくない。BTS愛の証しとして株を買ったアーミーはその気持ちを表現しただけなのだろうが、株を買えないアーミーには疎外感を感じる話。誕生日の祝いムードに水を差され、それまでため込んでいた不満が表面化した感じだった。

 ◇注目された上場前の二つの出来事

 ほぼ同時期に、アーミーが神経をとがらせるような事態が二つ起きた。

 一つは、韓国男性に義務づけられた兵役の問題に関するものだ。メンバー最年長のジンは12月4日に入隊期限となる28歳の誕生日を迎える。メンバーが入隊することは、7人組として団結してきたBTSにとって最大の危機だが、兵務庁が10月13日、国会国防委員会への提出資料で「大衆文化芸術分野の優秀者の招集延期を柱とする兵役法を改正する政府法案を10月中に国会に提出する」と明らかにしたのだ。2年の延期が検討されている模様だ。

 韓国国会では、米音楽チャート「ビルボード」で曲が1、2位に同時ランク入りするBTSメンバーを今入隊させるのは韓流文化にとって損失だとして、国際コンクールに入賞した音楽家に認められる入隊延期などの特例をKポップ歌手にも適用すべきだという声が出ていた。

 ビッグヒットの株式上場の日程に合わせたかのようなタイミングで発表された兵役法改正検討のニュース。同社の売り上げの9割はBTSに依存しており、メンバーの入隊は会社の命運に直結するが、2年延期になるなら、その間に次世代を育てられる。

 朗報と言えそうだが、アーミーの反応は複雑だった。延期を願う書き込みに交じって、法改正を推進する国会議員に「ビッグヒットの株でも買ったのか」「初値をつり上げようとしている」と不信感をぶつけるメッセージも目立った。兵役反対を唱えれば世論の反発を呼びかねないと、多くのアーミーは黙って見守ってきただけに、上場前の兵役延期説浮上には不純な臭いを感じたのかもしれない。

 もう一つは、韓流コンテンツの最大市場である中国との摩擦だ。リーダーのRMが10月上旬、米韓関係発展に貢献した人に贈られる「バン・フリート賞」の受賞スピーチで、今年が朝鮮戦争70年にあたることに触れ、「米韓両国が経験した犠牲を永遠に記憶しなければ」と述べたのがきっかけだ。

 この発言に朝鮮戦争で北朝鮮を支援した中国のネチズムが「中国軍も犠牲になったのに」「BTSが宣伝する商品は買わない」などと猛反発。中国外務省報道官が12日、「(中韓は)歴史をかがみとし、友好推進を」と韓国側をけん制した。一方、米国務省報道官は14日、ツイッターで「BTSの労苦に感謝する」と投稿し、米中対立の火に油を注いた。

 こうした緊張を受け、韓国大手のサムスンや現代自動車は中国でBTSの登場するオンライン広告を削除した。メンバーの発言一つで外交摩擦や不買運動にまで発展しかねないという影響力の大きさを、上場前に世界に示す結果となった。

 この騒動の中、ウィーバスでは、韓国人アーミーが中国人アーミーに「中国人みんながBTSを批判しているわけじゃないと分かっている」と励まし続け、ファンクラブ内の中韓両軍は揺るがずに団結していた。

 ◇メンバーの入隊後にらんだ戦略

 「株式上場を前後してアーミー内で微妙な論争が起きたけど、メンバーの兵役を控えたBTSを守らなければ、という思いは所属事務所もアーミーも同じ。そして、アーミーの同志愛には国境はない」。若者が集う繁華街・弘益大近くのカフェで、中国人アーミーで、韓国の大学院に通う黄さん(24)=仮名=は、流ちょうな韓国語で語った。メンバーの誕生会がよく開かれるというこの小さなカフェには、BTSが描かれたマグカップが並ぶ。

 5年前からBTSファンで、18年からアーミーとして追いかけている。「外交摩擦があっても、中国人アーミーは居ていいんだよと言われてうれしかった。兵役の苦難も、コミュニティーで励まし合って乗り越えられると思った」と語る。

 メンバーが兵役期間中はどうするのか尋ねると、黄さんは「これがあるから大丈夫」と携帯端末を見せてくれた。「BTSユニバースストーリー(BU)」というゲームアプリで、好きなメンバーのキャラクターや場面設定を選んで、自分の好きな物語をつくれるゲームだ。

 BTSのミュージックビデオ(MV)は、メンバーが貧困や暴力といった社会の不条理を乗り越えようとするSFファンタジーのような物語仕立てになっており、アプリにはこうしたMVの世界観を取り込んだものもある。アーミーは、大好きなメンバーを破局から救おうとゲームをしているうちに、物語の一員になった感覚が生まれるという。黄さんは「へこんだ気持ちになったとき、BUを見ていると、BTSと一緒の世界にいられる気がする。成功しなくても、生きる意味があると、勇気をもらえる」と、大切そうに携帯端末をなでた。

 実は、房代表が株式上場を通じて事業拡大しようとしている分野は、こうしたゲームやキャラクターグッズの開発だ。SNSアプリのLINEがメンバーのキャラクター商品を販売しおり、新商品が出るたびにアーミーが殺到して行列ができる。メンバーの兵役期間中、生身の人間に代わってアーミーたちが愛情を注ぎ込める商品を次々つくり、アーミーの交流サイトで話題を提供し続けるようという、兵役後をにらんだ戦略とみられる。

 ただ、キャラクターグッズのほうは可愛すぎて、実物とかなり違う。こうしたゲームやグッズで、アーミーは兵役終えるまで本当に待てるのだろうか。

 「待てます。好きなメンバーのキャラクターに感情移入できるので、新しいグッズが出るなら寂しくない」。韓国人アーミーの女子大生、李さん(20)=仮名=に聞くと、迷いのかけらもない返事が返ってきた。「私は株を買えないけれど、株式上場で資金を得て子会社にキャラクターグッズを開発させようというなら、応援したい」という。

 ◇アーミーが大炎上したワケは

 BTSはユーチューブに無料配信されたMVの再生回数の多さで知名度を高めていったため、アーミーたちは無名のアーティストだったBTSを自分たちが育てたという思いが強い。関連のゲームの物語に対しても、一緒につくっているという愛着がある。

 こうしたアーミーの思いと投資家の意向が対立したらBTSはどうなるのか。このことを考えさせる事件が、ビッグヒットの株価が下落を続ける19日に起きた。

 ビッグヒットの関連会社が同日、ゲームソフトの設定をモチーフにした来年放送予定のドラマのキャスティングとシナリオを発表。ドラマの主人公7人は、メンバーの実名で登場すると明らかにした。メンバーは出演しない。不幸な生い立ちを乗り越えて成功するゲームが基になるので、主人公は殺人や暴力事件にも関与する内容だ。知らない人が見たら実際にメンバーが経験した過酷な話だと勘違いする懸念があり、6月の制作発表時には、そうしたことがないように配慮すると説明していた。それが今回の発表では、リアルさを出すために7人の実名を使うと、方針転換していた。

 アーミーはただちに「実名ドラマのひどい話によって、メンバーのイメージがつくられ、人生を縛られることになる」と批判する声明を発表。所属事務所に対してドラマ制作の中止を求めた。ウィーバスには19日だけで声明に同調する書き込みが5000件あり、大炎上した。

 「株価が下がったから、刺激的な内容のドラマでBTSを売るのか」。「房代表にアーミーの力を見せつけてやろう」。アーミーたちの書き込みには株式上場と実名ドラマを絡めた批判も多かった。

 ◇荒波もハードルも越えて

 「ゲームもドラマも音楽もBTSの世界観を表現する作品だから、メンバーやアーミーの気持ちを傷つけないでほしい」と黄さん。「BTSとずっと一緒に年を重ねていきたいから、ともかく兵役を経て、生き残ってほしい」と李さん。市場経済の荒波にもまれるビッグヒットの将来について、アーミーたちは株価のアップダウンとは全然違う次元で見つめている。

 アーミーの視点で上場劇を見ようと取材を始めたが、後半はアーミーを見守る母親のような気持ちになってきた。不条理や障壁を乗り越えようともがく姿を見せることで共感を広げてきたBTSだから、金もうけ主義も、兵役義務も、外交摩擦も、すべて生きる糧にしてくれるのではないだろうか。そして、BTSとともに年を重ね、国境を越えて連帯していくアーミーたちの成長も見てみたい。【ソウル支局長・堀山明子】

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