●予想通りの選挙と選挙後
こんなにも予想通りであった選挙はない。前回、10月下旬の本稿ではざっとこう予想した
──「期日前・郵便投票の内実は、コロナ禍を恐れるだけでなく、白人至上主義ミリシアの脅威を恐れる民主党支持者に傾いている」「すると11月3日の投票日に実際に投票所に訪れて投票するのは共和党支持者が多くなる」「そこで即日開票分は、トランプ優位の数字が出る」「その時点でトランプが勝利宣言を行い、かねてより不正が横行すると伏線を張っておいた郵便投票分の集計中止を命令してしまうシナリオもある」──「←今、ここ」と、さしづめツイッターで流行りの書き方なら書くところだ。
期日前と郵便投票が予想をはるかに超える1億100万人を数えた。それに比例して、3日当日の開票分は指摘していたトランプ支持者の票の比重が、こちらも予想以上に大きくなるのは当然だった。なのにその大きな「赤い蜃気楼」を本物の「赤い波」と見誤って、日本のTV番組などでは「またまた事前調査を裏切ってトランプ再選へ」とコメントする人たちも多かったようだ。4年前の「ヒラリー圧勝」を外したトラウマがよほど大きかったせのだろう。
票の開き方によって時間軸では接戦、逆転とドラマティックに変わっていったが、実は勝負は、3日の投票終了の時点ですでに(接戦も逆転もなく)ついていたのである。しかも各社の事前予想は、4年前の失敗を修正してこれも各州での優劣はかろうじて当たっていた。
●嘘には嘘を、の心理
外したのは、普通なら民主党に流れるはずのヒスパニック票が共和党に流れるのを見逃し、フロリダとテキサスでの「青い波」を過大評価したことだ。さらに直前予想で、米国全体でバイデンがトランプを8~10%ポイントもリードしていると言っていた数字だ(6日時点では3%ポイント弱)。
各州でも、統計上の誤差分(だいたい3%前後)を上回ってトランプ票がこうも多く存在したのはなぜだったのか?
この点について米国Yahoo!ニュースのアンドルー・ロマーノ (Andrew Romano)記者が興味深い分析を紹介している(https://news.yahoo.com/why-the-polls-were-wrong-about-trump-again-234138787.html?soc_src=hl-viewer&soc_trk=tw)。
世論調査は調査対象が嘘をつかないことを前提にしている。しかし、それ(嘘)はあり得ることだ、と記者は書く。
「親トランプ集団は社会への信用が薄い傾向がある。他人や組織をあまり信用していない。そこにトランプによる『フェイク・ニュース』の呪文だ。世論調査そのものがすでに政治的な偏向かもしれないと思う」──はっきり言えばつまり、トランプの「嘘」を信用するあまり、「フェイクニュース」である世論調査に対して彼らも「嘘」をついて対抗して良いという心理が醸成されているというのである。
これは、世論調査ではどうにも修正しようのない今後の問題点になるだろう。
●失職後の刑事訴追はあるのか?
何れにしてもトランプ本人の動揺はひどいらしい。米メディアの紹介するホワイトハウス内部のスタッフ情報では、トランプはテレビを見ながら「どうして自分を擁護するコメンテーターがこんなに少ないのか」と怒り狂っているらしい。特に、好意的と見ていたFOXニュースが早々にアリゾナをバイデン勝利で青(民主党色)に塗ったことに怒って社主のルパート・マードックに電話をかけて怒鳴りつけたとも。しかし開票3日目には逆にマードックからトランプと上院院内総務のミッチ・マコネルに電話をかけてきて「君たちは負けた」と告げられたとか。
それでもトランプ側は高額な法律チームを結成して“予定通り“法廷闘争に持ち込もうと次々と訴訟を起こしているが、いずれも根拠がないものとして退けられ続けている。ホワイトハウスと共和党のスタッフは、いかにしてトランプに敗北を説得しようかとすでに戦々恐々なのだそうだ。トランプを「最大の欠陥人間」と呼んだ前首席補佐官ミック・マルヴァニーは、負けを認めないトランプは2024年の大統領選にまた出るつもりだと予想している。
しかしそれも容易ではない。なにせトランプは、ロシア疑惑の特別検察官による捜査でも、「大統領は訴追されない」という特権で捜査妨害の罪を免れた。失職すれば、その一件がブリ返されるだけでなく、一家を含めて▼連邦地検NY南地区の刑事捜査:トランプの前回選挙キャンペーンで集まった寄付金の不正使用▼連邦地検DC地区の刑事捜査:トランプ陣営がトランプ経営ホテル料金を過剰請求していた嫌疑▼複数の性的暴行被害者による名誉毀損訴訟のほか、脱税や詐欺事犯でも捜査が始まる可能性がある。中には選挙集会でのビレッジ・ピープルの「YMCA」や「マッチョマン」などの楽曲無断使用訴訟も。
●2つの大統領恩赦
バイデンはかねてからトランプが訴追されても大統領恩赦はしないと公言してきた。しかしトランプのこの得票数の多さを見ると、選挙後の新時代のアメリカの融和を図るためにトランプ恩赦はあり得る。ただしトランプが4年後に再出馬すると言い出せば話は別になる。その場合、彼を重罪人にすることが出馬を阻む最も有効な策だからだ。
そこでこの落選をめぐるゴタゴタからひと段落すれば、今度はトランプ自身が自分で自分を大統領恩赦する道を探り始めるだろう。自らを大統領恩赦できるかには様々な意見がある。選挙集計での裁判闘争よりも、むしろそちらの方が自分で指名した保守派判事のいる連邦最高裁も差配しやすいはずだ。こちらはその時、確かに現実味を増しそうだ。
ただ、トランプの抱える4億ドル以上の負債のうち3億ドル分の返済期限が数年後に迫る中、長年トランプに便宜を図ってきたドイツ銀行が今後は一切関係を断つことを模索中という話も伝わってきた。(https://jp.reuters.com/article/usa-election-deutsche-bank-idJPKBN27J0U3)
大統領でなくなる人物に対する手のひら返しはすでに共和党内部からも起きており、コロナ対策などでもトランプ批判を一切避けてきて逆に批判の的になっている議員の中には「個人的には、あいつには吐き気がする」とコメントする者も現れている。
●メディアからの意趣返し
勝負の行方がほぼバイデンに決まった6日、トランプは開票日明けの未明2時の「勝利したようだ」とのにこやかな記者会見から約40時間ぶりに再びホワイトハウスの会見場に姿を現し、例によって「不正だ」「不正だ」と手元の原稿を読むようにやや力なく話し始めた。するとそれを全米に生中継していたABC、CBS、NBCなどがなんと一斉に途中で中継を中断したのだった。
MSNBCの強面のベテラン・キャスター、ブライアン・ウィリアムズは「OK. Here we are again in the unusual position of not only interrupting the president of the United States, but correcting the president of the United States,(またです。合衆国大統領の話を遮るだけでなく、合衆国大統領の話を修正するという異例の立場になりますが」と言ってこの会見は「虚偽の事実を話している」から放送しないと説明したのである。
同じくネット配信を中止したUSAトゥデーのニコール・キャロル編集長も「我々の仕事は真実を広めることで、根拠のない陰謀論を広めることではない」とバッサリ。
他方、CNNとFoxは会見を全編放送したが、CNNは画面下に「証拠なし」と明示、Foxは記者とアンカーが「主張を裏付ける証拠は確認できません」と毅然と説明したのだ。
肩書きを失う大統領への風当たりは、日本で見ているよりはるかに早く激しくなっている。
(北丸雄二、ニューヨーク6日=日本時間7日)
■北丸 雄二(ジャーナリスト)
1993年から東京新聞(中日新聞)ニューヨーク支局長を務め、96年に独立後もそのままニューヨークで著述活動。2018年からは東京に拠点を移し、米国政治ウォッチと日米社会の時事、文化問題を広く比較・論評している。近著に訳書で『LGBTヒストリーブック~絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(サウザンブックス社)など。