
山口叶愛ちゃんの遺影とともに福岡地裁に入る両親=福岡市中央区で2019年9月6日午後1時34分、宗岡敬介撮影
2017年に虫歯治療後に容体が急変した女児(当時2歳)が死亡する事件があった。虫歯の治療を受けた子供がなぜ命を落とす結果になったのか。業務上過失致死罪で起訴された歯科医には25日に判決が言い渡されるが、事件を巡っては歯科医の対応の難しさを含めてさまざまな意見が飛び交っており、福岡地裁の判断が注目される。
業務上過失致死罪に問われているのは、福岡県春日市の小児歯科医院(閉鎖)の元院長で歯科医、高田貴(たかし)被告(56)。
起訴状などによると、元院長は17年7月1日、リドカインを主成分とした麻酔薬で局所麻酔をした女児の容体が急変したにもかかわらず、救急搬送など必要な救命措置を怠り、2日後に急性リドカイン中毒による低酸素脳症に陥らせ死亡させたとされる。検察側は「歯科医として基本的な注意義務を怠った」と禁錮2年を求刑。元院長側は女児の死を「予見できなかった」と無罪を主張している。
公判の主な争点は、①女児の死亡を予見できたか②治療後約50分の対処次第では女児の死を回避できたか――にある。
検察側は、治療後に女児がぐったりして顔色が悪いなどと両親が繰り返し訴えたが、元院長は「眠いだけだ」などと言い、適切な観察や対処を怠ったと指摘する。約50分後、両親は車で別の病院に運んだが、女児は意識不明のまま2日後に死亡した。
麻酔薬の添付文書には、まれに投与後の患者がショックや心停止などを起こす恐れがあり「小児等に対する安全性が確立されていない」との記述がある。検察側は、元院長が添付文書を踏まえて治療後の午後5時10分から午後6時までにパルスオキシメーターなどで正確な測定をしたり救急搬送したりすれば、女児の死は回避できたとしている。
一方、元院長側は、麻酔薬の使用量や使用法に問題はないため中毒死は起こり得ず、添付文書の記述も、治験ができない小児向けの薬にはよくある注意書きに過ぎないと反論。投与直後にアナフィラキシーショックのような症状が女児にはなく、死亡は予見不可能で防げなかったと訴えた。
判決は歯科治療の専門家も注目している。
2歳児など幼児への歯科治療では、治療中に子供が抵抗して暴れる傾向があり「治療後にぐったりしているのはよくある」と話す歯科医は少なくない。日本歯科大の砂田勝久教授(歯科麻酔学)は「歯科医師も全身管理は学んでいるが、今回のような事例は歯科麻酔を専門としない歯科医師では対応が難しかった可能性もある」との見方を示す。
日本歯科麻酔学会の石田義幸・常任理事は「リドカインは小児の虫歯治療によく使うが、使用量に問題がないなら死亡事故は非常にレアなケース。小児への安全性が確立されていないという注意書きも踏まえ、裁判所がどう判断するか注目している」と話す。
死亡した山口叶愛(のあ)ちゃんの父は法廷で「私は叶愛の異常を何度も訴えたのに(元院長に)大丈夫と言われた」と意見陳述した。否認する元院長に対し「大切な娘が失われたことをもっと真剣になって考えてほしい。娘の死に背を向けないでほしい」と語気強く求め、裁判所には「厳しい処罰を下してください」と述べた。
判決公判は25日に福岡地裁(神原浩裁判長)で開かれる。【平塚雄太】