イスラム主義組織タリバンから隠れて少女たちが学ぶ教室=アフガニスタン東部で2022年8月3日午後2時49分、川上珠実撮影
「安全な日本で暮らし続けたいんです」。そう話す声には切実さがにじんでいた。イスラム主義組織タリバンが1年前に復権したアフガニスタンから、迫害を恐れて乳幼児らを含む家族とともに脱出し、かつての留学先だった宮崎大学にたどり着いた研究者たちの切実な訴えだ。母国の治安は改善せず、帰国は困難だ。日本への退避後も、日本語習得や将来の安定的な仕事の確保、子どもたちの教育など問題は多いが、ウクライナからの退避者向けのような公的支援はない。同じような境遇の人たちの日本渡航や定着なども支援するため、大学関係者ら有志によるクラウドファンディングが8月末まで行われている。【和田浩明】
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◇研究者、タリバンから敵視され
宮崎大農学部の大澤健司教授(獣医学)によると、同学部では8月半ばまでに5人のアフガン人研究者とその家族の合計26人を受け入れた。研究者らは2014~19年に同大に留学して修士号や博士号を取得し、帰国後に政府機関や国立大学に勤務した人たちだ。家畜や農作物の専門家であり、安定的な食料供給を担う「アフガンの未来を支える人材」といえる。
タリバンは、昨夏に崩壊した前政権の関係者や、日本など西側諸国で教育を受けた人たち、女性の研究者らを「非イスラム的」などと敵視する。退避してきた研究者らは、タリバンに銃で脅されたり職を奪われたりするなど命の危険を感じ、将来の見通しを失って同大の恩師らに電子メールなどで助けを求め、今春になりようやく来日できた。渡航費は主に自らの貯金や親族らからの借り入れで賄った。1人分は宮崎大の教員が立て替えたという。経済的には厳しい状況だ。
宮崎大側はアフガンからの避難者家族に住居として教職員宿舎を提供しているほか、冷蔵庫や電子レンジなど生活に必要な設備も準備。就職先が見つかるまでの1年間、元留学生を研究員として雇い、給与は額面で月20万円が支給されるが、税金などを引かれると子どもが多い家庭などは楽ではないようだ。研究者らの目標は、自分の専門領域で研究を深めたいというものだ。
5人からオンラインで話を聞いた。「本国に残る他の家族に危険が及びかねない」ため、いずれも本名や顔を出すことはできない。
◇幼い娘と脱出 夫は日本語に苦労
夫と幼い娘とともに来日した30代の女性研究者は「女性であっても特に心配せずに働き暮らせる日本に来られてほっとしています。タリバン政権下では、私だけでなく娘の将来にも不安しかありませんでした。以前も女性差別の問題はあったけれど、アフガン国内で報道はされていた。今はそれすら難しいですから……」
母国に残る両親も来日を希望しているというが「ビザが出るのは非常に難しいと理解しています」と声を落とした。まずは自分たちの生活の足場を固めたいという。
宮崎大で検査や実験を行う傍ら、大学と宮崎県や学生ボランティアが連携して開く日本語教室で言葉を学ぶ。特に夫は初めての来日なので言葉が分からず学習に苦労しているという。「日本語はひらがな、カタカナ、漢字と3種類も文字があるので、大変です」
今後1年間は研究者としての在留資格と大学での職はあるが、その間に日本で働ける水準の日本語を身につけ、就職活動を行うのは容易ではないと感じている。「だから、在留資格を少しでも延長してほしいんです。娘の教育のためにも日本で生活していきたいんです」と訴えた。
ロシアが侵攻したウクライナからの退避者に対しては、日本政府や居住自治体から支援金や居住施設の提供などさまざまな支援がある。だが、アフガンや、クーデターを起こした軍の弾圧が続くミャンマー、内戦が続くシリアなどからの避難民には、同様の支援がない。この女性は「できれば同じような公的支援があればうれしい」と話した。
◇「治安が心配で夜眠れないことも」
30代の男性研究者は、タリバンが昨年8月に首都カブールを制圧した後は「拘束されるかも」と自宅に戻らず、身を隠していた。タリバン関係者が自宅に会いに来て「武器を探している」「大金を持っているのではないか」などと言われたという。日本を再び訪れることができ、とにかく安全なのがうれしかった。「昼でも夜でも、行きたいところに行ける。アフガンでは治安が心配で夜眠れないこともありましたから」
5人の子どもたちのうち、4歳の娘と2歳の息子は宮崎の保育施設に通っている。「とてもよくしてもらい、友達もできている。日本語もすごいスピードで身につけつつありますよ」と誇らしげな笑顔を見せた。上の3人の息子も2学期から小学校だ。「入学準備で教授たちや同僚などが尽力してくれました」と感謝する。
ウクライナ避難民との支援の違いについて、この男性は「日本政府が判断すること。私は日本に来られ、宮崎大の人たちに助けられて幸福です」と話した。
別の30代の男性は、1979年に始まった旧ソ連によるアフガン侵攻のために周辺国へ逃れた両親の間に生まれた。10代後半に大学進学のために戻った母国が今、タリバン復権で混乱に陥る中、再び国外に逃れざるを得なくなった。2~8歳の4人の子どもと妻とともに生活の足場固めを続ける。
母国なのでアフガンに戻れるなら戻りたい。しかし「子どもの将来や安全、仕事を考えたら、当面は日本で暮らしてくことがよいと考えています」と言う。
◇クラウドファンディングで継続支援
大澤教授によると、今回受け入れているのは、いずれも国際協力機構(JICA)が実施してきた「未来への架け橋・中核人材育成プロジェクト」(通称PEACEプロジェクト)の元留学生だ。宮崎大では、約10年間で41人のアフガン人留学生がこのプロジェクトを通じ、修士号もしくは博士号を取得した。昨年のタリバン復権後に元留学生から「退避したい」とのメールが届き始め、何ができるか検討を開始。他大学の受け入れ事例なども参考に態勢を整えていったという。
現状は大学側が支えているが、将来的に自立してもらうためにも継続的な支援が必要ということで、他大学の有志とともに7月にクラウドファンディングを始めた。宮崎大のほか、東京農工大や島根大、千葉大、筑波大、東京外国語大の六つの大学の教授などが運営に関わる。難民の定住支援の経験がある社会福祉法人「日本国際社会事業団」が事務局だ。
当初は5家族分の渡航支援のほか、日本に退避した10家族分の生活支援や日本語学習と就労のサポートのため300万円を集めることを目標とした。これが早期に達成されたため、さらに多くの家族を救えるよう目標を600万円に増額した。
アフガンからの退避者は8月、現地の日本大使館勤務者とその家族の合計98人が難民認定された。元留学生の場合、就労を続けられなければ生活が立ちゆかず、日本滞在が困難になる懸念もある。
募金プロジェクトの中心メンバーの一人、千葉大学の小川玲子教授(社会学、移民研究)は「アフガンからの退避者には公的支援がありません。彼らが日本で安定して生活できるよう、皆さんの支援をいただきたいです」と呼びかける。
クラウドファンディングのサイトのURLは次の通り。https://camp-fire.jp/projects/view/591573。宮崎大も元留学生支援の募金への協力を以下のサイトで呼びかけている。http://www.miyazaki-u.ac.jp/kikin/post-15.html。