記者会見で答えるプーチン露大統領=カザフスタンの首都アスタナで2022年10月14日、スプートニク通信・ロイター
イランのロシアに対する政治、軍事面での急速な傾斜が目を引いている。欧米への不信感が根強いイランだが、自立・自尊心の高い地域大国イランがここまで特定の一国に傾斜したことはイラン革命(1979年)以降、なかった。
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核合意の建て直しはほぼ絶望視されているが、ロシアとの接近で得るものがあると読んでいるのだろうか。
◇ドローンを供与
イランのアブドラヒアン外相は11月5日、「少量のドローンを(ロシアがウクライナに侵攻した)2月24日以前に送った」と、ロシアへのドローン提供を初めて公式に認めた。
連日、イラン製ドローンがウクライナ軍によって撃ち落とされており、認めざるを得なくなった。ただ「少量」「2月24日以前」とすることで、戦争とは直接関係がないと強調した。ウクライナ政府は直ちに「毎日10機前後が撃ち落とされており、少量は事実に反する」「侵略前の提供というのはウソ」と反論した。
米国の独立系情報研究機関「スフランセンター(TSC)」によると、イランはロシアが併合したクリミアに革命防衛隊の技術者を派遣し、ロシア軍にドローン操作を教えている。さらに10月末から、射程300キロと同700キロの2種類の地対地ミサイルのロシアへの供与も開始したという。これによると10月初旬、イラン政府高官が訪露し、まとまった。
◇急接近
イスラム革命後、イランは「貧者・被抑圧者革命」を掲げ、第三世界との連携を軸にして、大国とは一定の距離をとる外交を展開してきた。親米欧だったパーレビ前王制の反動で、米国や欧州主要国への不信感が根強いのは当然だ。
しかしロシアに対しても、前身のソ連がイラン共産党を通じて革命後のイランにさまざまな工作を展開したり、ソ連軍がイランの隣国アフガニスタンに侵攻したことなどへの警戒感があり、つかず離れずの関係を保ってきた。それがここにきての急接近である。何があったのか。
昨年のバイデン米政権の誕生後、米国とイランは前米大統領のトランプ氏が破棄した核合意の立て直し交渉を、欧州連合(EU)の仲介で進めてきた。今年2月には「妥結は近い」と言われたが、その後、再びギクシャクが目立つようになって失速した。
この背景について仏フィガロ紙は今月4日、イラン政府内に通じている仏実業家の情報に基づいて、ロシアがイランに対して合意立て直しに署名しないように強く要請し、最終的にイランは応じた、最高指導者ハメネイ師の決断だったと伝えた。
ロシアには妥結によって対イラン制裁が解除され、イランが原油を先進国に輸出できるようになるのを防ぐ必要があった。西側先進国が対ロシア制裁でロシア産天然ガスと原油の輸入を自主削減しているなか、イラン産原油がロシア産を穴埋めすることになれば、ロシアの西側に対する優位性が損なわれるからだ。
◇ロシアの見返り
なぜ「妥結近し」と言われていた核合意の立て直しが、ロシアのウクライナ侵攻と比例して失速していったのか、よく分かる。制裁を科せられ、侵攻もうまく運んでいなかったロシアは、イランと欧米を接近させる核合意の立て直しを何としても阻止する必要があった。
ではロシアは何をイランに見返りとして与えたのか。同紙によると軍事面での連携だという。具体的にはロシア製地対空ミサイルS400の供与によるイランの防空体制の強化、レーダーシステムや軍事技術、衛星軍事情報の提供など、イランが渇望してきた軍備近代化の支援だ。こうした軍事協力の流れの中で、イランによるドローン、さらにはミサイル提供があったとみられる。
イランが欧米とのさらなる関係悪化を覚悟してまでロシアとの軍事協力に傾いたのは、それだけ体制保障が欲しかったと見ることもできよう。
イランでは9月中旬、髪を覆うスカーフの着用方法がイスラムに反すると警察に拘束された女性が死亡した事件をめぐり、国内で抗議活動が続いている。ロシアは抗議活動に厳しく対処するようイラン当局に指南しているともいわれ、イランの人々の間では「ロシアは弾圧を側面支援している」と批判が起きている。
◇イスラエルとサウジにも影響
地域大国イランのロシアとの急接近は、同じ中東地域のイスラエルとサウジアラビアを複雑な立場に置いている。両国はイランと敵対する一方、それぞれの事情からロシアとの良好な関係維持に努めてきた。
イスラエルはシリア国内にいるイラン革命防衛隊などイラン勢力をたたく上で、シリアに駐留するロシア軍の黙認を必要としている。サウジは原油生産調整や対米けん制にロシアとの関係を利用してきた。イランとロシアの接近はこのイスラエルとサウジの行動を大きく制約することになる。
今後の問題はイランとロシアの軍事協力が核にまで及ぶのかどうかだ。米CNNは7日、米当局者の話として、イランはロシアに対して核物質の調達や核燃料の製造に関する支援を求めていると伝えた。核合意の立て直しが不可能になった場合の代替案としてイランがロシアに求めているとみることもできる。
ロシアがどう対応するか、欧米は重大な関心をもって見つめている。ロシアはこれまでイランの核保有には反対の立場だが、ウクライナで苦戦が続けば、イランへの核支援を欧米に対するけん制のカードとして使う余地が残されている。しかしイランが核保有に近づけば、イスラエルの対イラン軍事行動を誘発することになる。
何か一つ均衡が崩れると、国際情勢がドミノ倒しのように荒れる危うさがイランとロシアの接近にはある。【西川恵】