ロシア国旗
ウラジーミル・プーチン大統領率いるロシアは9日、最大の祝日「戦勝記念日」を迎えた。ソ連が第二次世界大戦でナチス・ドイツに勝利したことを祝い、モスクワ中心部の「赤の広場」では軍事パレードが行われた。プーチン氏は式典の演説で、ウクライナ侵略の継続を訴えたが、ロシアにとって衝撃的な情報が流れている。プーチン氏が「無敵」と豪語してきた極超音速ミサイルが、ウクライナが供与を受けた米国製の地対空ミサイル「パトリオット」に撃墜されたというのだ。窮状が伝えられるロシアで兵器製造能力が低下したということなのか。近く本格化するとみられるウクライナの反攻の行方は。軍事に詳しい識者が現状と今後を読み解いた。
【写真】ウクライナ軍の攻撃で破壊されたとするロシア軍陣地
「ロシアに対して再び本物の戦争が起こされたが、われわれは国家の安全を守る」
プーチン氏は9日の式典で、こう述べた。ウクライナに対する侵略を、第二次大戦での「祖国防衛戦」と位置付けて正当化する発言で、「戦勝」まで作戦を続ける意思を示した。
こうしたなか、ウクライナ空軍のオレシチュク司令官が今月6日、SNSに投稿した情報が注目を集めている。
ウクライナ軍が4日、米国から供与されたパトリオットを初めて使用し、首都キーウ上空でロシアの極超音速ミサイル「キンジャル」を撃墜したというのだ。複数の欧米メディアが伝えた。
キンジャルは、核弾頭や通常弾頭を搭載でき、射程は2000キロ、最大速度はマッハ10(音速の10倍)とされる。
プーチン氏は2018年、連邦議会での演説でキンジャルの存在を明らかにした。ロシアメディアによると、プーチン氏は今年3月、キンジャルや極超音速滑空兵器「アヴァンガルド」などの極超音速兵器について、ミサイル防衛に対して「事実上無敵」と誇示していた。
軍事ジャーナリストの世良光弘氏は「ロシアは一般的に、欧米のような生産や運用態勢、訓練という部分は重視せず、長期的な実戦に備える態勢も不十分とされる。最新鋭兵器は量産もしないため、実験止まりの場合も多い。しかし、キンジャルは実戦で使われたこともあり、ウクライナの防空システムでは迎撃できないといわれてきた。『撃墜情報』が事実なら、ロシアにとっては屈辱的だろう」と語る。
ウクライナ軍がキンジャル撃墜に使用したとされるパトリオットは、日本にも配備されている。大気圏再突入後のミサイルを迎撃する役割をもち、大気圏外で迎撃する海上配備型迎撃ミサイル(SM3)とともに、日本のミサイル防衛システム(MD)の要の1つだが、パトリオットでキンジャルのような極超音速兵器の撃墜は可能なのか。
元陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏は「迎撃されたミサイルが実際にキンジャルだった可能性がある一方、迎撃されたミサイルの断片から地対艦ミサイル『P800』(オニキス)とする分析もある。極超音速のキンジャルをパトリオットで迎撃するのが難しいのは確かだが、きれいな軌道を描けば予測可能で、落下速度次第では完全に撃ち落とせないともいえない」と説明する。
プーチン氏が「無敵」としてきたキンジャルが撃墜されたかどうかは確定していないが、ロシアは兵器開発でも苦境に陥っている。
米有力シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は先月14日に公表した報告書で、「高価格帯の外国製部品が不足し、モスクワは安価な代替品への置き換えを余儀なくされている(中略)。ウクライナ軍が使用する軍装備の質は、欧米の軍事支援のおかげで改善し続ける一方、ロシア兵器の質は劣化の一途をたどっている」と分析した。
ロシアは4月末、米国や英国、ドイツなどからウクライナに供与された200両以上の戦車に対抗し、次世代戦車「T14アルマータ」を前線に投入した。
世良氏「露は攻撃態勢の維持難しい」
そのアルマータは大量生産されておらず、限られた数量しかないとされる。過去の軍事パレードに登場したことがあるが、今年のパレードでは姿が確認できなかった。戦車でパレードに参加したのは第二次大戦期の「T34」のみで、ロシア軍の戦略低下を示唆している可能性がある。
ウクライナによる大規模反攻が今月にも始まるとみられるなか、今後の戦況はどうなるのか。
渡部氏は「現状、ウクライナに対する欧米の兵器供与も圧倒的ではなく、ロシア軍もウクライナ東・南部に戦力を割く余裕もない。ウクライナ軍の反攻が成功する可能性もあるし、ロシア軍に防御される可能性もあるという段階だ」とみる。
ロシアがさらに苦境に陥るとの見方もある。
前出の世良氏は「ロシアはハイテク兵器の運用よりも、兵士の数で勝負したり、化学兵器など従来兵器による非人道的な戦闘の方が得意なのだろう。決して侮ることはできないが、攻撃態勢を維持することは難しく、戦車壕を掘るなど防御ラインを構築し、占領地の守備に徹することしかできないのではないか」と話した。