大谷翔平
大谷翔平やラーズ・ヌートバーを一気に飛躍させた「虎の穴」が、アメリカにある。 精緻なデータ解析に基づいたトレーニングの信奉者は、2人だけでなく、日米の球界に広がっている。 その秘訣はどこにあるのか。シアトルの研究・トレーニング施設を訪ねると、日本にも強い縁がある創業者が、開発の哲学を語った。(稲垣康介)
【画像】絶好調の大谷翔平、WBCで活躍したヌートバー 飛躍の秘密は?
体の動きをデータ化し分析「モーションキャプチャラボ」
足を踏み入れると、壁に飾られたユニホームに目が留まった。
「OHTANI 17」
白地に赤の背番号。大谷翔平のエンゼルスのユニホームだ。
アメリカ・ワシントン州シアトル郊外にあるドライブライン・ベースボール。この研究・トレーニング施設は、大リーグのスターから日本のプロ野球選手、さらには子どもから大学生らまで、幅広い世代が門をたたく。データ解析に基づくトレーニングに励む「虎の穴」であり、けがからの再起をめざす選手の「駆け込み寺」でもある。
大谷がここを訪れたのは2020年のオフシーズンだった。
同社の環太平洋担当ディレクター、フランク南野さんは、大谷がキャンプ開幕までの数カ月間、鍛錬に明け暮れていた姿を覚えている。
2020年シーズン。米国挑戦3季目の大谷はけがの影響もあり、振るわなかった。投手としての登板はわずか2試合で0勝1敗。打者としては打率1割9分、7本塁打にとどまった。
ドライブラインでのトレーニングを経た翌2021年、大谷はメジャーでも二刀流が開花した。今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を優勝に導き、今や大リーグの顔だ。
何が大谷を変えたのか。大谷自身は多くを語らない。ドライブラインの創業者カイル・ボディさんに聞くと、笑いながら返された。「大谷がここでトレーニングしていたのは事実。ただ、僕の口から大谷が成長した要因を話すのは控えておくよ」
ドライブラインの心臓部は「モーションキャプチャラボ」だ。選手の体に48個のマーカーをつけ、14台のカメラで動きを解析する。蓄積した膨大なデータをもとに、生体力学の専門知識を持つトレーナーがアドバイスする。
「ピッチデザインラボ」では、球の回転数、回転軸、リリース時の腕の高さや角度、球の縫い目への指のかかり具合などを録画し、投球を可視化していく。1球ごとに、フォームを確認し、改善を図れる。
大谷は施設を離れても、ドライブラインの練習メニューを続けている。
球場では、カラフルなボールを壁に当てて投げている。100グラムから2キロまでの10種類の「プライオボール」だ。重さで負荷を変えることで指、手首、筋肉の正しい使い方が身につく。
腕に巻き付けているのはセンサー付きのギア「パルス」。投球に伴うひじへの負荷などを計測し、けがの予防に役立てる。ともに同社が監修する商品だ。
「モーションキャプチャ」は、大谷の打撃の成長も促した。打撃で大切な3要素は、バットを振る速度、打球を飛ばす角度、選球眼だが、2021年の開幕前、身体能力も向上させた大谷のデータを見たスタッフは「本塁打50本は打てるのでは」と驚異的な数値に驚いたという。
この年の実際の成績は、46本塁打。投球でも9勝2敗とファンを魅了した。