ジャニーズ性加害問題、メディアの沈黙について元記者が考察

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ジャニーズ事務所元所属のジャニー喜多川氏による性加害問題は、事務所だけではなく、メディアの沈黙についても注目されています。この問題を検証した番組が放送されたり、報道されたりする中で、メディアが過去にこの問題を軽視したり、キャスティング圧力で慎重になったりしてきたことが明らかになっています。

吉野嘉高・筑紫女学園大学教授は、元民放記者であり、フジテレビで23年間のキャリアを持っています。彼は「刑事事件として立件されていなかったことが、“マスメディアの沈黙”の一因となったのではないか」と指摘しています。

「立件されなかった犯罪については基本的には触れない」

ジャニー喜多川氏の性加害問題に関して、テレビ局の立ち位置が明確ではありません。

各局はジャニーズ事務所の名前変更についてコメントを発表したものの、状況を注視し、確認するといった姿勢を取っています。全体的には、この問題に対して一定の距離を置いているようにも感じられます。

問題のひとつは、第三者委員会が指摘した「マスメディアの沈黙」です。なぜこの問題が報道されなかったのか、その理由について考える必要があります。NHKや日本テレビ、TBSなどは検証番組を放送しましたが、大きな問題として捉えていなかったことが一因だったのです。

なぜそうなったのでしょうか?

ジャニー喜多川氏の性加害に関しては、過去に告発本や雑誌記事などで何度も報じられてきました。しかし、今年(2023年)3月までは、テレビ局はこの問題を「大きな問題」として捉えていなかった理由があります。それは、刑事事件に発展していなかったからです。

芸能界の性に関する価値観が特別視されていたことも一因ですが、立件されなかった犯罪については基本的には報道しないというテレビ報道の「暗黙のルール」が、「マスメディアの沈黙」につながったのではないでしょうか。

テレビ報道の「暗黙のルール」

テレビ局で性加害が「大きな問題」として認識され、報道されるためには、逮捕や逮捕令状の発布、書類送検など、警察が捜査を行っている必要があります。

警察の動きが確認されれば、ニュースとして報道することができます。逆に、確認できない場合は、性加害問題を報道することはできません。これがテレビ報道の「暗黙のルール」です。警察の発表を待ってから報道することが一般的ですが、警察発表だけを待つわけではありません。ただ、事件記者は警察の動向を追いかけることが多いので、他の報道に忙殺されてしまうこともあります。

2004年に性加害の事実が最高裁で確定しても、それは民事裁判でした。一審では被害者の供述は真実とは認められませんでした(二審で逆転)。したがって、「暗黙のルール」に従えば、この問題はテレビの報道とはなりませんでした。

この「暗黙のルール」には一定の意味があります。テレビ局には警察のような強制捜査権がないため、事実関係を確認するのは難しいですし、情報収集には限界があります。そのため、警察の発表を待ってから報道することが慣行となっています。

「暗黙のルール」を破ることは可能

一方で、刑事事件ではなく、民事事件として取り扱うこともできたのではないかという疑問も出てきます。

実際、逮捕情報など警察の動きがないにもかかわらず、週刊文春やBBCはこの問題を報じています。

BBCのドキュメンタリー番組『J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル』では、複数の証言をもとに共通点などを明らかにし、真実性があると判断して報道しています。そして、BBCの報道や実名で証言する被害者たちが後押しとなり、テレビ各局も「暗黙のルール」を破ってこの問題を報道したのです。

これを踏まえると、雑誌やテレビであろうとも、警察の捜査がないにもかかわらず、独自の判断基準で報道することは可能です。

ただし、被害者の話が真実かどうかについては、慎重な検討が必要です。証言が詳細に述べられているか、事実関係に矛盾がないかなどをチェックし、被害者の証言に共通点がある場合は判断材料となります。

取材内容を検討した上で、取材者が性加害を事実と確信した場合でも、警察の動きがないとテレビで報道することは難しいです。しかし、「暗黙のルール」を破ることで、初めて報道することが可能になります。

報道をする際には、名誉毀損訴訟などのリスクもあります。

徹底した調査と「暗黙のルール」の検証が必要

ただし、判例を参考にして「暗黙のルール」を破ろうとすることは非常に困難です。訴訟リスクがあるからです。

裁判では、真実性を証明するための厳格な取材が求められますが、情報源の秘匿というジャーナリズムの守秘義務との葛藤もあります。

さらに、裁判になった場合、報道を担当した記者やディレクターの業績評価が下がる可能性もあります。そのため、火中の栗を拾わない「事なかれ主義」が一般的です。

なお、『週刊文春』はジャニー喜多川氏から名誉毀損で訴えられましたが、二審で真実性が認められ、最高裁で確定しています。

徹底した調査と新たな報道基準の検証が求められる

以上のことを踏まえて、テレビ局はメディアの沈黙について真剣に向き合う必要があります。メディアはこの問題に対峙し、内部調査を行い、具体的な原因を究明し、再発防止策を含めた報告書を公表するべきです。

その際に、「暗黙のルール」についても検証する必要があります。警察の情報に頼らず、独自の判断基準や報道の仕組みを再考することも重要です。

各局は、傍観者ではなく、この問題に深く関わってきた当事者として、徹底した調査を行い、再発防止策を含めた報告書を公表する責任があります。

各局の強い意志が感じられるような対応を期待します。

〈プロフィール〉
吉野嘉高 ヨシノ・ヨシタカ
1962(昭和37)年広島県生まれ。筑紫女学園大学文学部教授。1986年にフジテレビジョンに入社し、情報番組やニュース番組のディレクターやプロデューサーを務めました。2009年に退社し、現職です。専門はメディア論。

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