【不信-かんぽ不適切販売】中 政治に翻弄された民営化

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【不信-かんぽ不適切販売】中 政治に翻弄された民営化

 「きちんと民営化ができていれば、こんなことにはならなかった…」

 小泉純一郎政権の下で初の郵政民営化担当相を務め、日本郵政グループの“生みの親”とも言える東洋大教授の竹中平蔵は郵政グループの不祥事に憤る。

 「今回の解散は『郵政解散』だ。郵政民営化に賛成するのか反対するのか、はっきりと国民に問いたい」

 平成17年8月8日夜、首相官邸。首相の小泉(当時)は記者会見し、衆院解散・総選挙を表明した。

 郵政民営化は、文字通り「政治主導」の産物だった。郵政民営化をほぼ唯一の政治信念とし、永田町で「変人」扱いされた小泉だが、13年にまさかの首相に上り詰めると、民営化を「改革の本丸」と位置づけた。当時350兆円に上った膨大な郵政の資金は「民間で有効に活用されるべきだ」との信念があった。

 民営化法案が参院で否決されると、小泉は衆院解散という奇策を断行。元建設相の亀井静香ら自民党の民営化反対派が反発すると、17年9月の衆院選で党公認としないどころか、次々「刺客」としての対立候補を送り込んだ。

 小泉は選挙中、「民間にできることは民間に」と民営化の意義を訴えた。結果は自民が296議席獲得の大勝。小泉は改めて民営化法案を提出し、成立した。

〒急変から迷走

 郵政解散から2年後の19年10月、政府出資の株式会社グループが発足。10年後に完全民営化を成し遂げるはずが、事態は急変する。

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