【実体験】66歳男性が明かす、病院での新生児取り違え事件と出自を知る権利

幼少期からの違和感、そして衝撃の事実

「家族の中で、自分だけ違う」。66歳の江蔵智さんは、幼い頃からそう感じていました。 弟は可愛がられる一方で、自分は父親から暴力を受け、親戚からも「家族に似ていない」と言われ続ける日々。居場所がないと感じた江蔵さんは、14歳で家出を決意します。

14歳で家出を決意した江蔵さん。様々な職業を経験し、会社経営も経験しました。14歳で家出を決意した江蔵さん。様々な職業を経験し、会社経営も経験しました。

その後は、飲食店、トラック運転手、建設業など様々な職業を経験し、結婚、離婚を経て、車の販売業や不動産業で会社を経営するまでになりました。

しかし、39歳の時、人生を揺るがす出来事が起こります。入院した母親の血液検査がきっかけで、自分が両親と血の繋がりがない可能性が浮上したのです。

DNA鑑定と裁判、そして長い年月

「突然変異で生まれたんだ」。当初はそう自分に言い聞かせていましたが、46歳の時に大学教授の協力を得てDNA鑑定を実施。結果は、やはり両親との血縁関係は認められませんでした。

「病院で取り違えられたに違いない」。確信した江蔵さんは、東京都を相手に損害賠償を求める裁判を起こします。

江蔵さんが生まれた当時の墨田産院は、すでに老人ホームへと姿を変えていました。江蔵さんが生まれた当時の墨田産院は、すでに老人ホームへと姿を変えていました。

同時に、真実を突き止めるべく、江蔵さんは奔走します。 当時の出産記録、墨田産院の記念誌、住民基本台帳…。 しかし、情報公開は難航し、決定的な証拠は見つかりませんでした。

2006年の裁判では、江蔵さんと育ての親への損害賠償の支払いが命じられます。 しかし、東京都はプライバシー保護を理由に、事実調査を拒否。 江蔵さんは、2021年、再び東京都を提訴しました。

出自を知る権利、そして江蔵さんの願い

江蔵さんのケースは、日本で法整備が進んでいない「出自を知る権利」の難しさを浮き彫りにしています。

「知らない方が幸せ」という人もいるかもしれません。 しかし、江蔵さんのように真実を求める人々もいます。

「本当の親に、自分がどんな人生を歩んできたか伝えたい」。 江蔵さんの願いは、叶うのでしょうか。 裁判の行方が注目されます。