日本人にもおなじみ、西遊記の孫悟空をモチーフにしたゲーム「黒神話:悟空」が中国で大ヒット。ゲームの舞台になった街に観光客が殺到してあふれかえる事態となっているという。このゲーム、グラフィックが美しく、ハイレベルな作品なので、中国だけでなく世界中で大ヒット……という触れ込みなのだが、調べてみるとどうもいろいろ不自然なところがあるのだ。(フリーランスライター ふるまいよしこ)
【写真】中国国内36カ所の古蹟を再現しているというゲーム「黒神話:悟空」のプレイ画面
● 秋の行楽シーズン、山東省で観光客が公共トイレで夜を越す事態に
中国では10月初め、建国記念日にあたる国慶節で7連休となった。経済不振であまりかんばしい話題は流れてこなかったが、中国内陸部にある山西省には観光客が殺到、宿がなかった人々が、公共トイレにすし詰めで夜を明かしたという。
筆者にとって中国の公共トイレというのは、正直、本来の目的で使用するにも勇気がいる衛生状態であり、そこで夜を明かすとはあまりにもハードルが高い。ただ、この時期の山西省は夜にはかなり肌寒くなるはずで、観光客にとっては屋根と壁があるだけマシだったのかもしれない。
秋の行楽シーズンといわれる国慶節連休に、宿泊先も手配せずに現地に赴く中国人観光客の「勇敢さ」にエールを送るべきか。とにかく、あまり思い出したくない公共トイレの床という床に隙間なくびっしりとうずくまって夜を越す観光客の写真に、さまざまな思いが脳裏を横切った。
そもそも、観光インフラがそれほど発達していない山西省に、なぜ大勢の観光客が押し寄せたのか。きっかけとなったのは、8月下旬に発売され、大きな話題を巻き起こしたゲーム「黒神話:悟空」(以下、「黒悟空」)だった。
● 美しい映像が評判の「黒悟空」、中国国内36カ所の古蹟を再現
「悟空」つまりあの孫悟空を題材にしたこのゲームは、「中国初のAAAレベルゲーム」「中国オリジナルの知的財産に基づいたストーリー」「海外でも大人気」などと喧伝され、話題が話題を呼んだ。「AAA」とは、「高資本」「高品質」「ハイレベルコンテンツ」(つまりすべてAクラス)を兼ねたトップレベルの製品を指す言葉だという。
開発に6年余りかけた「黒悟空」は、ユーザーの間でも国内36カ所の古蹟を再現したその画像の美しさ、クリアさが大きな話題になっている。その古蹟のうち27カ所が山西省に散在しているということで、山西省の観光担当局はゲーム発売直後から観光客誘致キャンペーンを展開、その期待どおりに連休に観光客が押しかけたというわけだった。
● 発売日、どのサイトを開いてもドーンと「黒神話:悟空」の文字が
筆者がこの「黒悟空」を知ったのは、発売当日の8月20日。いつものように朝イチで中国のSNSを開き、ニュースチェックを始めたときに見慣れたサイトのトップに「国産ゲーム『黒神話:悟空』、本日発売!」と、広告のようなタイトルの記事が躍っていた。
「何だこりゃ?」と思ったものの、日頃からゲームにあまり関心のない筆者はスルーしたのだが、次のサイトに移ると、やはりトップニュースに「黒神話:悟空」の文字がでかでかと出ていた。さらに、3つ目のニュースサイトでも「黒神話:悟空」がトップニュースに並んでいる。そこからタイムライン上に並ぶニュースサイトのニュースタイトルをさらさらと斜め読みしてみたら、ほぼ半分以上、いやたぶん8割くらいのサイトのトップに「黒神話:悟空」の文字が並んでいた。
どのサイトを見ても目立つところに「黒神話:悟空」が出てくる。ものすごいプロモーションぶりだった。
しかも、筆者が毎日のニュースチェックで読んでいるのは、簡単には広告やマーケティングにニュース枠を明け渡さないタイプの硬派なメディアばかりだ。だが、そんなメディアですら「黒悟空」がトップに並んでいるのだから、これは間違いなく異常事態であり、裏でなにかの「力」が働いているのは間違いなかった。
例えば国家主席の習近平がアメリカを訪問したり、あるいは国慶節の軍事パレードが行われたりした翌日でも、それがメディアの8割のトップを飾ることはない。記憶をたどってみると、今回の騒ぎに匹敵するのは、2008年の北京オリンピック開幕式あるいは同年の四川大地震発生翌日くらいか。それくらいの「異常事態」である。
つまり、「黒悟空」はその出現の仕方自体が「ニュース」だった。