衆院選で自民、公明両党が過半数を割り込んだことで、自民内では石破首相(党総裁)の退陣論が浮上している。無所属議員と連携を図っても「少数与党」となった場合、自民は国民民主党などと政策ごとに協力する「部分連合」で政権運営を継続したい構えだが、野党側との協議は難航する可能性がある。
首相は9月の党総裁選や新内閣発足の勢いを衆院選にそのまま持ち込むため、首相就任から8日後の衆院解散、26日後の投開票という「戦後最短日程」で今回の決戦に臨んだが、当ては大きく外れた。
最大の要因は、自民派閥の政治資金規正法違反事件を巡り、有権者の自民への怒りや不信感が極めて強かったことだ。自民は政治資金問題があった前議員らを非公認にする対応をとったものの、選挙戦終盤には、非公認候補が代表を務める党支部にも党本部が2000万円を支出したことが判明し、更なる批判を招いた。
首相は27日のNHK番組で、「自民はもっと反省しなさいという国民の強い意思が出てきた。きちんと(党を)変えていかないと参院選でまた厳しい批判を賜る」と危機感を示した。
首相は自公の過半数確保を勝敗ラインに掲げていたこともあり、自民の中堅参院議員は森山幹事長や小泉進次郎選挙対策委員長らの辞任に加え、「首相の責任は重大で、続投は難しい」と指摘した。
森山氏は28日、党本部で「補正予算や来年度予算の編成に向けて微力を尽くしたい」と記者団に述べ、続投の意向をにじませた。小泉氏は27日のテレビ朝日の番組で自らの進退に関し、「(首相に)私の身柄は預けますと伝えてある」と語った。
今後、国会では野党側が主導権を握り、与党側は綱渡りの対応を迫られそうだ。
自民執行部は、国民や日本維新の会と政策などの個別テーマごとに連携を図る方針だ。調整に手間取ることも想定されるが、野党が立憲民主党を中心にまとまる事態を避けることに全力を挙げるとみられる。
1993年の衆院選では、宮沢首相率いる自民が過半数割れし、野党の新生党や日本新党が躍進した。その後の連立協議で、「非自民」勢力が日本新党の細川護熙代表をかついで新内閣を樹立した。