自宅で倒れ救急搬送された「中江有里」が「生かされている」と実感…心を揺さぶられた作品を語る(レビュー)


【マンガで試し読み】 平野啓一郎『富士山』のリアルに怖い短篇「息吹」

 人生は選択の連続だ。でも選んだつもりのない偶然に救われたり、あるいは危機に晒されたりする。人間は「生きている」のではなく「生かされている」のだと感じる。
 
 
 5篇収録された短篇集『富士山』(平野啓一郎・著)の表題作は、偶然目にした危機に関わったことから、運命が別れた男女を描く。

 一連の出来事の背景には、コロナ禍がある。気軽に人と会えない中、結婚して子供が欲しい加奈の願望は膨らんでいく。一方で、津山の内面をほとんど知らない不安も募る。

 信じたいけど、信じるのがこわい。中年に差し掛かってからの恋愛の面倒さも加わって、加奈は疑心暗鬼だ。

 たとえば新幹線から富士山が見える席――津山の些細なこだわりにひっかかったところから、2人の別れは始まっていたのかもしれない。

「息吹」の主人公・齋藤息吹は大腸内視鏡検査で発見された初期の大腸がんを摘出できた。検査のきっかけは和菓子屋が満席だったから……以来息吹は、検査を受けずにがんが進行してしまった自分を思い描かずにいられない。知らない間に死へと傾いていた人生に、生きている自分が吸い寄せられていくよう。

「生かされている」とは偶然の連続の中に起きた奇跡みたいだ。本当は死んでいたはずだけど「何か」によって生かされた。それははたして死んだも同然? 生死の境を浮遊する、そんな読後感に心は揺れている。

[レビュアー]中江有里(なかえゆり)(女優・作家)
1973年大阪生まれ。法政大学卒。89年芸能界デビュー。多数の映画、ドラマに出演。2002年「納豆ウドン」で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。産経新聞にコラム「直球&曲球」連載。多数の週刊誌や月刊誌に書評を寄稿。文庫解説も多く手掛け、読書家としても知られ、近年は読書をテーマにした講演も全国で行っている。既刊本に『残りものには、過去がある』『万葉と沙羅』『水の月』など。

協力:新潮社 新潮社 週刊新潮

Book Bang編集部

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