京料理の名店「菊乃井」の三代目主人、村田吉弘氏。文化功労者にも選ばれた氏が語る「人間の五感で一番鈍感なのは味覚」という言葉。一見矛盾しているようにも聞こえますが、そこには食への深い洞察と、京料理の真髄が隠されています。紅葉が色づき始めた京都の料亭で、村田氏に「ほんまに美味しい」とは何かを伺いました。
菊乃井と菊水:歴史と伝統が育む京料理
菊乃井の歴史は、豊臣秀吉の妻・北政所が茶の湯に使った菊水の井戸を守る茶坊主から始まります。大正元年に料理屋として創業して以来、代々受け継がれてきた伝統と、土地の水へのこだわりが、菊乃井の料理を支えています。現在も186メートルもの井戸から汲み上げた水で米を炊き、その炊きたての新米の美味しさを大切にしているそうです。
菊乃井本店で村田吉弘氏が語る様子
地産地消:土地の水と食材の調和
村田氏は、人が暮らす土地の水こそが最良であり、その水を吸って育った地元の食材を使うことが自然な料理の形だと語ります。かつて日本では4里(約16キロ)、ヨーロッパでは25キロ圏内の食材を食べるのが良いとされてきました。これは徒歩で行き来できる範囲であり、まさに地産地消の考え方です。新鮮な地元食材を活かすことで、素材本来の味を最大限に引き出す京料理の哲学が垣間見えます。
フランス料理から京料理へ:世界に誇る日本料理への想い
京都で生まれ育ち、周囲から特別扱いされてきた村田氏。和食への重圧から逃れるため、大学時代にフランス料理の世界へ飛び込みました。しかし、50年前のフランスでは日本料理はあまり知られておらず、その経験が村田氏に日本料理を世界に広めるという決意を芽生えさせました。帰国後、京料理の修業を開始し、菊乃井の伝統を受け継ぎながら、新たな食の探求を続けています。
五感を刺激する京料理:味覚の先にあるもの
「人間の五感で一番鈍感なのは味覚」と語る村田氏。しかし、それは味覚を軽視しているわけではありません。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚、五感をフルに活用することで、より深い食体験を生み出すことができると考えています。器や盛り付けの美しさ、食材の香り、食感、そして季節感。これら全てが調和することで、真に「美味しい」と感じられる京料理が完成するのです。
菊乃井の料理哲学:伝統と革新の融合
菊乃井では、若冲の掛け軸や尾形光琳の硯箱を鑑賞しながら、魯山人の器で食事を楽しむことができます。まるでリビングミュージアムのような空間で、歴史と伝統を感じながら、五感を刺激する京料理を堪能することができます。村田氏は、伝統を守りながらも常に革新を続け、京料理の新たな可能性を追求しています。
伝統的な京料理の技法を大切にしながら、現代的な感性を取り入れ、常に進化を続ける菊乃井。村田氏の食への探求心と情熱は、これからも多くの人々を魅了し続けるでしょう。