中山美穂さんの訃報は、日本のみならず、かつて彼女が暮らしたフランス・パリにも悲しみをもたらしました。彼女がパリで10年以上生活していた中で、交流のあった人々からも、その人柄を偲ぶ声が聞かれています。この記事では、パリで人気のパティスリー「MORI YOSHIDA」のオーナーパティシエ吉田守秀さんのインタビューを通して、中山さんの知られざる一面、そして彼女がパリで築いた温かい人間関係をご紹介します。
パリでの出会い:近所のパティスリーと人気女優
2013年、パリで「MORI YOSHIDA」をオープンした吉田さんは、当時店の近所に住んでいた中山美穂さんと親交を深めることになりました。吉田さんにとって、中山さんは特別な存在だったといいます。
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「MORI YOSHIDA」のパティスリーを初めて訪れた中山さんは、ケーキを一口食べると「おいしいから大丈夫だね」と吉田さんを励ましたといいます。その後も度々店を訪れ、ケーキの味はもちろんのこと、経営についてもアドバイスを送るなど、吉田さんを支え続けました。
温かい励ましと、おおらかな人柄
吉田さんは中山さんの温かい人柄を、次のように語っています。「本当に優しく、温かく、おおらかな方で、周りの人をいつも楽しませてくれる存在でした。気遣いも細やかで、誰よりも先に楽しくお酒を飲んで盛り上がったり、様々な表情を見せてくれました。」
当時、まだ駆け出しのパティシエだった吉田さんにとって、中山さんの存在は大きな支えだったようです。著名な女優でありながら、気さくで飾らない人柄に、吉田さんは深く感銘を受けていました。
パティシエとしての成長と、中山さんの言葉
吉田さんはその後、フランスのテレビ局主催のコンクールで2年連続優勝を果たし、有名マカロン店「ラデュレ」とのコラボレーションを実現するなど、パリを代表するパティシエへと成長を遂げました。
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そんな吉田さんの心に、今でも深く刻まれているのが中山さんの言葉です。吉田さんがスタッフに「情熱的なパティシエとはこうあるべきだ」と熱く語った際に、中山さんは「ヨッシーはそうかもしれないけど、そうじゃない人もいていいんじゃない?楽しくケーキや料理を作りたい人もいるし、本気で打ち込んでいる人もいる。いろんな人がいてもいいのよ」と優しく諭したといいます。 この言葉は、吉田さんのパティシエとしての哲学に大きな影響を与え、多様な個性を尊重する姿勢を育むきっかけとなりました。
突然の訃報、そして感謝の想い
日本に戻り、新たなスタートを切った中山さんの訃報に、吉田さんは深い悲しみを隠せません。「またケーキを食べてほしかった。日本でお店もできたので、来てくれる機会もあると思っていた矢先のことで、本当に寂しいです。もっと成長した姿を見てほしかった、もっと褒めてもらいたかった」と、感謝の思いを語りました。
パリで過ごした時間の中で、中山美穂さんは多くの人々に温かい笑顔と優しさを届けました。その記憶は、これからも人々の心に生き続けていくことでしょう。