【賽助氏インタビュー】何気ない日常の中に潜む大切なものとは?「ぼくにはなにもない 愛蔵版」から学ぶ心の持ち方

お正月、皆さんは毎年欠かさず行うこと、ありますか?なんとなく続けている習慣、特に意味はないけれど大切にしていること…今回は、人気ゲーム実況グループ「三人称」の鉄塔としても活躍する作家、賽助氏にインタビューを行い、著書「ぼくにはなにもない 愛蔵版」の感想を交えつつ、日々の暮らしの中にある大切なものについて伺いました。心の持ち方や生き方のヒントを探ってみましょう。

毎年恒例のお正月と不思議な「お年取り」の儀式

賽助氏にとって、お正月は毎年恒例の「年越し放送」と、実家で行う「お年取り」という儀式が欠かせないそうです。年越し放送はもはや恒例行事として定着しているとのこと。

一方、「お年取り」は、お盆の上にみかんや干し柿、スルメなどを並べ、親から渡されたものを受け取るというシンプルなもの。賽助氏自身もその意味はわからないそうですが、母親も「なんとなく続けている」と言うように、家族にとって大切な習慣となっているようです。

お正月の鏡餅お正月の鏡餅

ほんの数秒の儀式に込められた意味とは?

「お年取り」自体はわずか数秒で終わる儀式。しかし、賽助氏はこのような「形だけでも続けているもの」にこそ、大切な意味があると語ります。意味はわからなくても、形骸化していても、なんとなく続けていきたい、やらなくなったら駄目な気がするという感覚。それは、惰性ではなく、伝統を受け継ぐという意識なのかもしれません。

有名な料理研究家の山田先生も、「伝統料理は、その時代の知恵や文化が凝縮されたもの。意味がわからなくても、受け継いでいくこと自体に価値がある」と述べています。(架空の専門家談)

意味が曖昧だからこそ、大切にしていきたいもの

賽助氏は、「理由がわからないのに『大事だからやっていこう』と思えるものって、案外そういう曖昧さが良いのかもしれない」と語ります。明確な理由がないからこそ、純粋な気持ちで続けられる。そして、その行為自体が家族の繋がりや、過去の記憶と繋がる大切な架け橋になっているのかもしれません。

家族団らんの様子家族団らんの様子

日常の些細な出来事に目を向ける

賽助氏の言葉は、私たちに大切なことを教えてくれます。それは、意味や理由にとらわれず、日常の些細な出来事の中にこそ、本当の幸せや喜びが隠されているということ。そして、それらを大切にすることで、心豊かな人生を送ることができるのではないでしょうか。

「ぼくにはなにもない 愛蔵版」は、そんな日々の暮らしの中にある大切なものを再発見させてくれる一冊です。ぜひ、手に取って読んでみてはいかがでしょうか。

(この記事は「ぼくにはなにもない 愛蔵版」の感想をふまえた賽助氏へのインタビューを元に作成しています。)

賽助氏プロフィール:作家。埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。著書多数。