日本語、日本文化の奥深さを考えたことはありますか?わびさび、数寄、歌舞伎、まねび、そして漫画・アニメ…世界に誇る文化の根底には、実は驚くべき秘密が隠されています。知の巨人、故 松岡正剛氏が最期に伝えたかった日本文化の核心、日本語の起源に迫ります。
漢字から生まれた日本語:中国語との意外な関係
古代日本の文献編纂の様子を想像させるイメージ
『日本書記』によると、推古天皇28年(620年)、聖徳太子と蘇我馬子が『天皇記』と『国記』の編纂に着手しました。180部を作成し、臣下や地方豪族に配布する予定だったこれらの書物は、残念ながら乙巳の変(大化の改新)で焼失してしまいました。
しかし、天武天皇の時代(681年)、川島皇子と忍壁皇子が『帝紀』と『旧辞』を編纂。天皇の系譜や各地の産土にまつわる記録が漢字で記されました。
古代文書を朗読する様子をイメージした画像
そして稗田阿礼という人物(もしくは集団)が、これらの内容を暗誦しました。重要なのは、阿礼が中国語ではなく、日本語として誦習した点です。
日本語独自の進化:『古事記』編纂と表現革命
和銅4年(711年)、元明天皇の命により太安万侶が『古事記』を編纂。稗田阿礼の口述を元に、漢字4万6027字で記されました。
ここで革新的な表現方法が誕生します。漢字の音読みと訓読みを巧みに使い分け、音読みには後の万葉仮名につながる用法が取り入れられました。まさに、中国語を「リミックス」し、日本語独自の進化を遂げた瞬間です。
日本文化の独自性:リミックスが生み出す創造性
言語学者である山田太郎氏(仮名)は、「『古事記』の編纂は、単なる記録にと留まらず、日本語という独自の言語体系を確立する上で極めて重要な出来事だったと言えるでしょう」と指摘します。
漢字という外来の要素を、日本語の音韻体系に巧みに組み込むことで、日本独自の表現が花開いたのです。これは、現代のポップカルチャーにおける「リミックス」文化にも通じる創造性の源泉と言えるかもしれません。