神武天皇、教育勅語、万世一系、八紘一宇……。私たち日本人は、「戦前の日本」を知る上で重要なこれらの言葉を、どこまで理解できているでしょうか?
【写真】「日本は特別な国」と叫ぶ人たちが見落としている「とんでもない落とし穴」
右派は「美しい国」だと誇り、左派は「暗黒の時代」として恐れる。さまざまな見方がされる「戦前日本」の本当の姿を理解することは、日本人に必須の教養と言えます。
歴史研究者・辻田真佐憲氏が、「戦前とは何だったのか?」をわかりやすく解説します。
※本記事は辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書、2023年)から抜粋・編集したものです。
「日本は特別な国だ」という叫び
このような井上の国体論から聞こえてくるのは、日本が特別な国だという叫びである。
その特別さは、万世一系に象徴された。天皇家は、アマテラスの神勅にもとづいて、公明正大な統治(「しらす」)をしてきた。日本臣民も、忠孝の道徳をしっかり守ってきた。そのため、中国やヨーロッパのように易姓革命が生じなかった。
それは、しかし、切ない叫びでもあった。日本は長らく辺境の国であり、明治初期にあっては、欧米列強の植民地にされかねない弱小国だった。そんななかで、西洋化に邁進しながらも、みずからのアイデンティティーを失うまいとして、なんとか日本特殊論がひねり出された。
「日本は特別な国だ」という叫びは、「日本は特別な国でなければならない」という願望であり、「そのために努めなければならない」という努力目標でもあった。
「特別な国」論という落とし穴
じっさい、少し歴史をみればわかるように、歴代の天皇がすべて「しらす」にもとづいて統治していたわけではない。武力を使って統治した天皇もいるし、暴政を行った天皇もいる。臣民もしばしば天皇を幽閉し、島流しにし、暗殺しさえした。
また、そもそも「しらす」と「うしはく」の区別も、中国でいうところの王道と覇道の区別を焼き直したものといわざるをえない。
とはいえ、元来願望や努力目標だったとしても、憲法、典範、勅語に記載されれば、それが「事実」になり、社会政策などの前提になってしまう。忠孝の四角形が前提ならば、それを阻害する異分子は非国民として徹底的に排除しなければならない──。
すなわち、君徳の結果の万世一系だったはずなのに、万世一系を維持するために暴政が行われるという逆転が生ずるのである。
それがこの「特別な国」論の落とし穴だった。
さらに連載記事<「日本の初代天皇」とされる「神武天皇」のお墓がどこにあるか知っていますか>では「戦前の日本」の知られざる真実をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
辻田 真佐憲(文筆家・近現代史研究者)