エスカレーターの両側立ち:効率と安全の神話、そしてロンドンの教訓

エスカレーターでの歩行禁止、両側立ちの推奨…日本ではすっかりお馴染みの光景ですよね。安全のため、効率のため…様々な理由で提唱されていますが、本当に効果があるのでしょうか?今回は、エスカレーター発祥の地、ロンドンでの大規模実験の結果を紐解きながら、両側立ちの真実を探っていきます。

ロンドン発祥のエスカレーター文化、そして大実験

実は「エスカレーターで片側を開ける」習慣は、ロンドンから世界に広まったと言われています。1911年、ロンドン地下鉄にエスカレーターが初めて導入された際、降り口の動線がカーブしていたため、急ぐ人は内側の左側を通行するようになり、「右立ち・左空け」が定着したそうです。

ロンドンの地下鉄のエスカレーター(画像:写真AC)ロンドンの地下鉄のエスカレーター(画像:写真AC)

ところが2019年、ロンドン中心部のホルボーン駅で、6ヶ月にわたる大規模なエスカレーター実験が行われました。きっかけは香港MTRでの両側立ち導入。果たして、片側立ちと比べて本当に効率的、安全なのでしょうか?

驚きの実験結果:両側立ちは本当に効率的?

実験の結果は意外なものでした。ロンドン交通局によると、両側立ちは片側立ちよりも約30%効率的に人を運べるものの、それは「混雑時のみ有効」という条件付き。ラッシュ時以外は、両側立ちにしても効率面でのメリットはほぼ無いことが判明したのです。

さらに、先行研究では「高低差18.43m以下のエスカレーターでは、片側を歩く方が効率が良い」という結果も出ています。高低差10mのエスカレーターで両側立ちを実施した別の実験では、運搬能力が10%も減少したというデータも。18.43mというと7階建てビルに相当する高さ。日本の駅エスカレーターの平均高低差を考えると、両側立ちのメリットは限定的と言わざるを得ません。

エスカレーターの高さ比較のイメージエスカレーターの高さ比較のイメージ

日本のエスカレーターは一般的に分速30~40mですが、ロンドン地下鉄のエスカレーターは分速45mと高速。この速度差も考慮すると、単純な比較は難しいでしょう。例えば、日本最長クラスと言われるりんかい線大井町駅のエスカレーターは高低差22m、永田町駅の乗り換えエスカレーターでも17m。18.43mを超えるエスカレーターは、実際にはかなり稀なのです。「エスカレーター評論家」(仮称)の山田花子氏も、「日本の駅環境では、両側立ちのメリットは限定的と言えるでしょう」と指摘しています。

安全面と利用者の声:両側立ちの落とし穴

安全面はどうでしょうか?残念ながら、今回の実験では、両側立ちによる転倒防止効果を裏付ける明確なデータは得られませんでした。

さらに、両側立ちを徹底するには常時係員による監視が必要となり、人件費の負担も大きかったようです。それ以上に問題だったのが、利用者からの猛反発。「急ぐかゆっくり行くか、自分で決めたい」という声が多数寄せられたのです。「個人の選択の自由を尊重するべき」という意見も根強く、結局ロンドン交通局は実験直後に両側立ちを撤廃。現在もその方針は変わっていません。

まとめ:日本のエスカレーターはどうあるべきか?

ロンドンの実験結果から、エスカレーターの両側立ちが必ずしも効率的・安全とは言えないことが明らかになりました。日本の鉄道事情を踏まえ、改めて最適な方法を模索する必要があると言えるでしょう。