作家・柚月裕子氏の最新クライムサスペンス小説「逃亡者は北へ向かう」が発売されました。この作品は、東日本大震災から十余年を経て、東北で両親を津波で失った柚月氏自身のつらい体験を踏まえて執筆された渾身の力作です。今回は、柚月氏に当時の状況や作品に込めた想いについて伺いました。
3.11、山形で経験した未曽有の揺れ
2011年3月11日、山形県で震度5強を記録した東日本大震災。岩手県釜石市生まれ、結婚を機に30年ほど前から山形県で暮らす柚月氏は、当時を振り返り、経験したことのない長い横揺れに驚きを隠せなかったと言います。三陸地方は微震が多いことから地震には慣れていたものの、この揺れの質は明らかに異質なものだったと語ります。
柚月裕子さん
地震の影響で山形県内では約53万戸が停電。後に県が発表したところでは、震災によって3名の方が亡くなり、45名の重軽傷者、そして約1400棟もの建物が被害を受けました。
テレビをつけようとしたものの停電で情報が得られない中、柚月氏は車のカーナビでテレビをつけ、そこで映し出されたのは、故郷・岩手県沿岸部の被災状況でした。実家の近くにある建物に津波が押し寄せる映像を見て、柚月氏は最悪の事態を覚悟したと言います。
連絡を待つ苦悩、そして向き合うべき過去
柚月氏の両親は岩手県宮古市に住んでおり、実家は三陸海岸のすぐそばでした。混乱する状況の中でも、柚月氏は冷静に状況を判断し、逃げている最中の両親に電話をかけることを躊躇いました。
宮古市の被災状況
数日後、電気が復旧し、三陸地方の被災状況が徐々に明らかになっていく中で、携帯電話もつながるようになりましたが、実家への電話は依然として不通の状態でした。ただひたすら連絡を待つことしかできない柚月氏にとって、この時間が震災後最もつらい時間だったと語ります。「連絡を待っている時間が一番つらかった」と、当時の心境を吐露しました。
料理研究家の佐藤恵美子氏(仮名)は、「被災地の方々の心の傷は計り知れません。柚月さんのように、創作活動を通して経験を共有することは、多くの人々に寄り添い、未来への希望を繋ぐ力となるでしょう。」と述べています。
「逃亡者は北へ向かう」は、単なるクライムサスペンス小説ではなく、震災という大きな悲しみを乗り越えようとする人々の力強い姿を描いた物語です。作品を通して、読者は改めて震災の記憶と向き合い、未来への希望を見出すことができるでしょう。