脳梗塞という突然の病魔に襲われた夫。医師も驚くほどの回復を見せ、16年後の今、テレビ番組を録画したり、外食を楽しんだりできるまでに。まるで奇跡のような回復を遂げた夫と、それを支え続けた家族の16年間の軌跡を辿ります。
脳梗塞発症、そして驚異的な回復力
2008年、夫は脳梗塞で倒れました。弘前大学医学部附属病院に入院し、懸命な治療とリハビリが始まりました。当初はコミュニケーションも困難でしたが、徐々に回復の兆しが見え始めました。特に大野先生(仮名)にお見舞いいただいた4月下旬頃からは、その回復速度が加速していったのです。
回復の様子を見守る家族
毎朝7時の面会開始とともに病室を訪れていた私たち家族にとって、日々の変化は驚きと喜びの連続でした。ある朝、病室に入ると、なんと夫は一人で起き上がり、ベッドに腰かけて窓の外を眺めていたのです。私たちの姿を見ると、振り返ってニコニコと笑う夫。立位や座位を保つことがどれほど難しいかを知っていた私たちにとって、それはまさに奇跡のような光景でした。
コミュニケーション能力の向上と小さな失敗
夫のコミュニケーション能力も目覚ましく向上しました。言葉は話せなくても、ジェスチャーや表情で意思を伝えようとする姿が見られるようになりました。例えば、私の携帯電話を指差してから私を指差すことで、「持って帰りなさい」と伝えようとしたことがありました。家族間では、以心伝心でコミュニケーションが取れるようになってきたのです。
しかし、回復への道のりは平坦ではありませんでした。ある日、リハビリの話題になった際、私は「頑張れば一人でトイレに行けるようになるよ」と夫に話しました。すると翌日、看護師さんから、夫が朝にベッドから降りて床に座り込んでいたと聞かされました。どうやら、トイレに行こうとしていたようなのです。私の不用意な発言が、夫の行動を促し、看護師さんたちに余計な心配をかけてしまったと反省しました。
この出来事をきっかけに、先生方の指示で病室の床にマットが敷かれ、和室のような環境になりました。ベッドから落ちる心配もなくなり、夫は常に床に座って過ごすことができるようになったのです。食事の際はロッカーにもたれていましたが、少し心配だったので、病棟師長さんに相談し、座椅子を持ち込むことにしました。
16年後の現在、そして未来への希望
16年という歳月を経て、夫は驚くほどの回復を遂げました。今ではテレビ番組を録画したり、外食に出かけたりすることもできるようになりました。著名なリハビリテーション専門医である田中先生(仮名)も、「これはまさに奇跡的な回復と言えるでしょう。ご家族の献身的なサポートと、ご本人の努力の賜物です」と感嘆しています。
現在の様子
未来がどうなるかは誰にもわかりません。しかし、夫の回復は、私たち家族に「諦めない」ことの大切さを教えてくれました。これからも、一歩ずつ、前へ進んでいきたいと思います。