ニューヨーク在住の作家、小手鞠るい氏が父の描いた「マンガ自分史」をSNSで公開したところ、大きな反響を呼び、書籍化までされました。その漫画には、これまで知らなかった両親の甘酸っぱい大恋愛が描かれていました。今回は、その一部をご紹介します。
マンガで蘇る昭和のロマンス:自転車デートと美術館での「迷解説」
父の日記によると、岡山県備前市出身の母、米田久子さんに一目惚れしたとのこと。当時のデートはもっぱら自転車。父は母を後ろに乗せて家まで送ったり、後楽園で母のスケッチを描いたり。日赤病院で母の右眼の手術後のお見舞いにも行ったそうです。倉敷の大原美術館では、西洋絵画に詳しい父が、母に「迷解説」を試みたという微笑ましいエピソードも。
自転車デートのイメージ
当時、交換手として働いていた母は、後に入社した父の、なんと上司だったのです。父の話によると、母は部下である父の机の引き出しに、頻繁にラブレターを忍ばせていたとか。毒舌家で気の強い母からは想像もつかない乙女チックな一面に驚きを隠せません。本当にあったことなのか、母に尋ねてみたくなりましたが、きっと「馬鹿なこと言うんじゃない!」と一喝されるのがオチでしょう。
熱烈な恋の証:母から父へ贈られた詩「白い橋」
父の日記には「1953年の日記帳には、盛んに『米田久子さん』が出てくる。熱烈な恋愛が続いた」と記されています。父からの片思いだったのかと思いきや、そうではありませんでした。1953年(昭和28年)、母は父に「白い橋」というタイトルの詩を贈っています。
いつも別れるあの橋は
名前も知らない白い橋
小舟の浮かぶ入江見て
ほほえみ交わす白い橋
みじかい橋を歩くとき
別れの時のつらさゆえ
いつもふたりは佇んだ
もすこし長い橋ならば
もっと楽しく話せたに
いつも別れるあの橋は
みじかい橋よ 白い橋
数年前に父から送られてきた手紙に書き写されていたこの詩を読んだ時、私は衝撃を受けました。あの母がこんなロマンチックな詩を書くなんて!切なく、いじらしく、初々しい恋人同士の姿が目に浮かびます。 恋愛小説に夢中になっていた私を「なぜそんな下らないものばかり書いているのか」と叱っていた父。 しかし、父自身も母に愛の詩を捧げていたのです。私が日本からアメリカへ引っ越す際、船便で送った『萩原朔太郎詩集』(岩波文庫・昭和28年第4刷)の1ページ目に、万年筆で手書きの詩が記されていました。
専門家の声
恋愛心理学者の佐藤先生(仮名)は、「昭和の時代は、手紙や詩で想いを伝える文化が根付いていました。現代のデジタルコミュニケーションとは異なる、温かみのある恋愛の形と言えるでしょう」と述べています。
親世代の青春を覗き見:私たちも忘れてはいけない大切な想い
両親の隠された恋物語は、まるで昭和の青春映画を見ているよう。時代が変わっても、人を愛する気持ち、大切な人への想いは変わらないのだと改めて感じさせられます。皆さんも、ご両親の若い頃の話に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。きっと、素敵な発見があるはずです。