NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、やなせたかしとその妻・暢をモデルにした夫婦の物語として、多くの人の心に朝の明かりを灯してきた。しかし、その序盤において、視聴者の心を捉えながらも唐突に物語から姿を消した人物たちがいる。彼らはほんの数話、あるいは回想という形でしか登場しなかったにもかかわらず、今なお視聴者に強烈な印象を残し続けている。
それは、加瀬亮が演じた父・朝田結太郎、二宮和也が演じた柳井清、そして細田佳央太が演じた原豪。それぞれの人物が刻んだ印象と、その退場がもたらした余韻について、今あらためて振り返ってみたい。
朝田結太郎(加瀬亮)
家族思いで穏やかな父親・結太郎。物語のヒロイン・のぶ(今田美桜)にとって、その存在は人生の指針であり、心の拠り所でもあった。加瀬が演じる結太郎は、静かな語り口と優しい眼差し、そして山高帽という小道具を通して、まさに朝ドラにおける理想の父を体現していた。けれども、その温もりは、第4話という早すぎるタイミングで唐突に奪われてしまう。朝鮮出張からの帰路、船上での心臓発作。あまりにも静かで、あまりにも早い別れは、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』(2022年度前期)の父・賢三(大森南朋)の早期退場すら凌ぐ衝撃としてSNSを駆け巡った。
あの日の駅で、娘に自らの帽子を被せて見送った場面は、多くの視聴者にとって“父の記憶”そのものとして心に刻まれている。その別れが、のぶの行動力と自立心の礎となったのは明らかであり、私も感じた後悔の念はのぶを通じて生き続ける結太郎への思慕と重なる。
柳井清(二宮和也)
すでに故人であるという設定のもと、二宮が演じる清は、短い回想のみの登場だった。しかしその数秒が、作品の空気を一変させるほどの強い磁力を放っていた。新聞記者という職業柄、文学と絵画への造詣が深く、芸術を志す息子・嵩(北村匠海)の才能の土壌を育んだ存在。何より、嵩に選ぶ自由を与えようとした父の姿は、当時の時代背景において異例の柔らかさと進歩性を感じさせた。二宮が表現した、たった数秒だが密度の濃い時間は、俳優・二宮和也が持つ演技によって実現したものであり、視聴者にとっては「もっと観てみたい」と思わせるに十分すぎる瞬間だった。再びの回想シーンでの登場はあるのだろうか。