本名とは異なる、仕事用の「ビジネスネーム」を名乗ったり、名札をイニシャルにしたりする動きが職場で広がっている。「仕事相手に本名を知られたくない」という意識の背景を探ってみた。(岩浅憲史)
「長嶋翔平」「松田まり子」――。大阪市にある革細工材料販売店「レザークラフト フェニックス」の店員から手渡された名刺の名前だ。いずれも仕事用に使っている「ビジネスネーム」で、従業員の9割以上にあたる13人が本名ではない名前を職場で名乗り、接客している。
野球が趣味という長嶋さん(38)は入社13年目の男性店長。好きな野球選手からとったといい、「プライベートと区別できて便利。仕事のスイッチが入ります」。入社4年目の松田さん(24)の名付けはアイドルから。「わかりやすい名前にしました。新鮮な気分で働けます」とほほえむ。
制度を2023年に導入した運営会社「浪速屋工業」取締役の横井友哉さん(41)によると、革の小物作りなど個人で作家活動もしている従業員のSNSが名前から特定され、メッセージが届くなどのストーカーまがいの行為があったという。従業員をこうしたトラブルから守るためだといい、横井さんは「クレーム対応などでの精神的負担が減ったと好評です」と話す。
■自治体でも
名前を知られることで、利用者からの理不尽な要求やクレームなどの迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」につながることを防ごうと、自治体などでも動きが広がる。大阪府寝屋川市は4月、窓口で市民対応などにあたる職員の名札を、仮名のひらがな名字でも表記できるようにした。職員の個人情報の特定を防ぐためで、仮名は「市民対応にふさわしい名前」が原則。市人事室長の上之園武訓さんは「職員が安心して働ける環境づくりを進めたい」と話す。
東京の多摩地域などで路線バスを走らせる京王電鉄バスグループでも昨年4月、運転手が車内で掲示する名前に、ビジネスネームを選択できるようにした。23年に道路運送法施行規則などが改正され、バスやタクシー車内での運転手の氏名掲示義務が廃止されたことを受けた措置だ。