ある日、ハナマルキャリア総合研究所代表である上田晶美氏の元へ相談に訪れたのは、45歳の女性。20年以上働いた会社がM&Aされ、人員整理の対象となってしまったのだ。退職を断ると、全くの畑違いの部署への異動を言い渡され……。少子高齢化も相まって“超売り手市場”が続くと見られる日本の採用現場で、新たなキーワードとなりつつある「キャリア権」とは。
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(前後編の後編)
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※この記事は『若者が去っていく職場』(上田晶美著、草思社)の内容をもとに、一部を抜粋/編集してお伝えしています。
キャリア権と配属ガチャと異動ガチャ
キャリアコンサルタントが2016年に国家資格となり、キャリアデサインという単語も広まってきました。ですが、「キャリア権」という言葉はまだあまり知られていないと思います。しかし、キャリアコンサルタントの業界では、10年以上前から言われていることです。
会社には「人事権」があり、社員は「人事異動」について希望は言えても、従うしかないのが通常です。希望に合わなくても、営業から企画にとか、東京から大阪になど、本人の希望とは関係なく、異動させられます。
会社側は人員配置において、本人の希望よりも会社の都合を優先します。マンネリ化を防ぎ、または業者との癒着を防ぐためにも人事異動は数年に1〜2回、行われるのが常です。しかし、会社の人事異動に従っていると、自分のキャリアを築いていくのは難しくなります。自分でキャリアを築く権利、それが「キャリア権」です。
多くの経験を積んでゼネラリストになっていくのも良し、一つの道を究めるのも良し。それらは個人に決定する権利があるのではないか、という考え方です。
リストラの嵐が吹き荒れた1990年代後半、この期に及んで会社を離れ、転職しろと言われても、自分のキャリアを積み上げるという発想がなく、会社に言われるままに異動してバラバラなキャリアになっており、自分の何を生かしてアピールし転職すればよいかわからない、という相談をよく受けました。
45歳女性の例です。
「会社がM&Aで統合されるため、リストラ対象になりました。今まで営業畑で来ましたが、退職を断ったところ、履歴書の中に『簿記2級』という資格が書いてあったということで、経理に行けという辞令が出ました。そんな資格は20年前に取ったものだし、書いたことも忘れていました。もちろん経理の経験はゼロです。経理も若いうちなら行っても良かったと思っていますが、会社に言われるままに20数年働いてきたのに、ここで投げ出されて悔しい思いです」
M&Aでやむを得ない状況ではありますが、本人の希望も聞かず、いきなり営業から経理というのは実質、退職勧奨のようなものです。仕事内容が違いすぎて、20年間のキャリアがもったいなく感じます。