【ワシントン時事】米国の著名な国際政治学者で、本年5月に88歳で死去したジョセフ・ナイ氏の遺稿が、米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」の最新電子版に掲載されました。ナイ氏は、冷戦終結後の「米国の世紀」を主導した理論家の一人であり、特に国家の「ソフトパワー」の重要性を提唱したことで知られています。
ナイ氏はこの遺稿の中で、ドナルド・トランプ前大統領が経済的・軍事的圧力を主な外交手段として利用する一方で、価値観や文化といった「魅力」を源泉とするソフトパワーを軽視している現状に対し、強い懸念を表明しました。氏は、このような外交手法は、かつて「米国の世紀」と呼ばれた時代の終焉を招きかねないと警鐘を鳴らしています。
米国の著名な国際政治学者ジョセフ・ナイ氏。ソフトパワー軽視のトランプ外交に警鐘を鳴らした。
ナイ氏の分析によれば、国家の力は「強制(coercion)」「報酬(reward)」「魅力(attraction)」という三つの側面から構成されます。米国が冷戦において旧ソ連に勝利できたのは、ソ連が武力による「強制」に偏り、価値観がもたらす「魅力」を欠いていたためであると指摘しました。トランプ氏が進めた高関税政策や、カナダ、デンマーク領グリーンランドへの威圧的な姿勢、国際開発局(USAID)の解体による対外支援の縮小といった政策は、米国の長年の同盟国を失望させる行為であり、ソフトパワーを損なうものだと警告しています。
人権弾圧や言論統制を行う中国との比較では、現状ではまだ米国が「魅力」の面で優位にあると認めつつも、トランプ政権がこのままの外交手法を続ければ、米国の国際社会における地位低下は避けられないと論じました。氏は、「第2次世界大戦以降、米国が享受してきた国際秩序の恩恵が失われ、その崩壊が加速する」と強く訴えました。
クリントン政権時代に国防次官補を務めたナイ氏は、故リチャード・アーミテージ元国務副長官らと共に、長年にわたり対日政策に関する重要な提言を重ねてきました。日米同盟の深化に尽力した知日派としても知られています。この遺稿は、プリンストン大学のロバート・コヘイン名誉教授との連名で執筆され、ナイ氏の遺族がフォーリン・アフェアーズへの掲載に同意したとのことです。
ナイ氏の最後の提言は、「米国の世紀」の維持にはハードパワーだけでなくソフトパワーが不可欠であり、そのバランスを失った外交が国際秩序全体に与える負の影響について、改めて世界に問いを投げかけるものとなりました。
出典: 米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」電子版、時事通信