トランプ政権によるハーバード大学への圧力:失われる米国のソフトパワーと留学生の価値

米国のトランプ政権は、ハーバード大学に対し、助成金停止、総額1億ドルに上る政府機関との契約打ち切り、そして前例のない留学生の受け入れ資格取消という一連の強硬措置をとっている。これに対し、ハーバード大学は即座に訴訟を起こし、連邦地裁は政権の措置の一時差し止めとその延長を命じた。法廷闘争へと発展したトランプ政権とハーバード大学のこの対立は、単なる一大学と政権の衝突にとどまらず、国際社会における米国の評判とソフトパワーに修復不能なダメージを与える可能性を秘めている。

トランプ政権によるハーバードへの強硬措置

トランプ政権は、財政的な締め付けとして助成金の支給停止や総額1億ドルに上る政府機関との契約打ち切りを敢行した。さらに、政権に逆らう大学への圧力の一環として、留学生の受け入れ資格を取り消すという前代未聞の措置にまで踏み込んでいる。これは、米国の高等教育機関、特にエリート校に対する政権の敵意と支配欲の表れと見られている。ハーバード大学側はこれに強く反発し、学生の権利と学問の自由を守るため、連邦地裁に訴訟を提起。地裁は政権の措置に対し一時差し止め命令、その後延長を決定した。この法廷闘争は、米国内の分断と政権による大学への介入という新たな問題を浮き彫りにしている。

ハーバード大学の卒業式に集まった学生たち。政権による圧力が強まる中でも学びの価値を示す。ハーバード大学の卒業式に集まった学生たち。政権による圧力が強まる中でも学びの価値を示す。

留学生がもたらす「計り知れない価値」

ハーバード大学のサマースクールで長年グローバル化をテーマに教えてきた筆者(トーマス・ギフト氏)は、留学生の存在が大学の活力と学習の質にいかに不可欠かを肌で感じてきた。ハーバード学生の約27%が留学生だが、筆者のクラスではその比率がはるかに高い。特に新興国の出身者が多くを占める留学生たちは、それぞれの母国の現実に基づいた深い洞察を提供し、活発な議論と学生たちの視点を広げることに大きく貢献している。彼らなしには、議論は盛り上がらず、学びは浅く、視点は狭まってしまうだろう。歴史を通じて、ハーバードをはじめとする米国の数々の高等教育機関は、単なる利他行為としてではなく、自国への多大な利益のために留学生を積極的に受け入れてきたのだ。

民主主義の推進への貢献

留学生が米国にもたらす最大の利益の一つは、世界の民主主義推進への貢献である。米国の名門大学で教育を受け、民主主義の価値を学んだ多くの留学生は、帰国後に母国の政治的リーダーとなるケースが多い。特にOECD未加盟の途上国出身者が顕著だ。筆者の調査でも、西側の大学で学び帰国した若者たちが、キャンパス内外での交流を通じて民主主義の価値観を身につけ、それを母国に持ち帰り民主化を推し進めることが確認されている。リベリア元大統領のエレン・サーリーフ氏がその好例だ。彼女はハーバード大学ケネディ行政大学院で学び、帰国後にアフリカ初の女性国家元首として2006年から18年にかけて政権を運営。女性の活躍を支援し、非暴力による民主化推進と平和構築の業績が評価され、2011年にノーベル平和賞を受賞した。

米国ソフトパワーの強化

第二に、留学生の受け入れは米国のソフトパワーを強化する。故ジョセフ・ナイ教授(ハーバード大学政治学者)が提唱したソフトパワーとは、武力ではなく文化や価値観で他国の「心」を掴み、世界に影響力を行使する力だ。ハーバード大学は、米国の高等教育機関を代表するブランドの一つであるだけでなく、アメリカそのものを代表する強力なブランドの一つでもある。英評価機関QSの世界大学ランキングの上位25校のうち10校を米国大学が占めることからもわかる通り、米国の大学の評判は国際的に極めて高い。世界140カ国余りの国々からハーバードに最優秀の頭脳と意欲的な若者たちが集まるのは、学術レベルの高さと医学から経済まで幅広い分野における世界をリードする研究実績という強力な「磁力」があるからに他ならない。

米国経済への多大な貢献

第三に、留学生は米国経済に無視できない多大な貢献をしている。卒業後そのまま米国に残る留学生は数多く、彼らは起業家として、あるいはテック大手などの最先端分野で活躍し、米国の優秀な人材不足を補っている。米企業のトップにも、元留学生は数多く存在する。南アフリカ出身でペンシルベニア大学で学んだテスラのイーロン・マスクCEOや、インド出身でシカゴ大学でMBAを取得したマイクロソフトのサトヤ・ナデラCEOはその代表例だ。全米政策財団の報告書によれば、米国の大学で学んだ元留学生は、企業価値10億ドル以上の米国企業の創業者の約25%を占める。さらに、全米国際教育者協会(NAFSA)のデータでは、2023〜24年度に米国の大学の留学生は「米国に438億ドルの経済効果をもたらし、37万8千人余りの雇用を支えた」と示されている。

権力闘争としての「ハーバードいじめ」

しかし、トランプ政権はこうした留学生の多大な貢献データや米国への利益を考慮に入れる様子はない。英誌エコノミストの米国エディター、ジョン・プリドー氏は、ドナルド・トランプ大統領とハーバードの対立は、政権が「自分に逆らう相手を本気でつぶしにかかる」権力闘争と化していると指摘する。これは、批判的な意見や自らの意向に従わない機関に対するトランプ氏の典型的な反応であり、大学への圧力を通じて学問の自由や機関の自律性を侵害しようとする危険な兆候と言える。

世界におけるアメリカのイメージへの深刻な打撃

ハーバード大学の元学長でもあるローレンス・サマーズ元財務長官は、留学生受け入れ停止のような「常軌を逸した」措置は「ハーバードだけでなく世界におけるアメリカのイメージ」に「壊滅的な影響をもたらすだろう」と強く警告している。トランプ大統領の「自国第一主義」外交が、国際協力よりも孤立を、同盟よりも対立を優先し、アメリカを好戦的な孤立主義へと導こうとしている今、世界における米国の大学の評判はこれまで以上に重要性を増している。国際社会に背を向け、国際機関や同盟国へのリスペクトを軽んじるようなアメリカの姿勢は、このような「常軌を逸した」ハーバードへの締め付けを見る世界の目に、さらに「堕ちたアメリカ」という印象を強く刻み込み、長期的には世界からの信頼と魅力を失わせ、愛想を尽かさせる結果を招くだろう。

結論

トランプ政権によるハーバード大学への一連の圧力は、短期的な政治的思惑や権力闘争を超え、留学生が米国にもたらす民主主義推進、ソフトパワー強化、経済貢献といった長期的かつ計り知れない価値を大きく損なうものである。この法廷闘争にまで発展した対立は、米国が自ら国際的な孤立を深め、世界のリーダーとしての信頼と魅力を失う結果を招きかねない。学問の府への政治介入は、米国の根幹を揺るがす危険な行為であり、その代償はあまりにも大きいと言える。


参考文献: