ドイツ、メルツ新政権下の軍事力強化と経済的課題

5月6日にドイツ首相に就任したメルツ氏は、「強いドイツ」の復権に向けた動きを加速させている。これは、トランプ米大統領が欧州軽視の姿勢を強めている状況を背景としている。メルツ政権下でのドイツの安全保障政策と経済状況に世界の注目が集まっている。

新政権は、特に軍事面での存在感向上を目指している。その具体的な動きとして、5月22日にはロシアおよびその同盟国ベラルーシと国境を接するバルト三国の一角、リトアニアに約5000人規模の機甲旅団を派遣し、第2次世界大戦後初となる単独での国外常駐を開始した。リトアニアは北大西洋条約機構(NATO)の東方防衛において戦略的に重要な拠点である。リトアニアの首都ビリニュスで開かれた旅団発足式で、メルツ首相は「リトアニアの安全はドイツの安全だ。行動で責任を果たす」と述べ、同国との連帯および安全保障へのコミットメントを強調した。

メルツ首相は5月28日にはベルリンでウクライナのゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナによる長射程兵器生産への財政支援を打ち出した。ウクライナ支援や軍備増強を可能にするため、ドイツは財政規律を緩和する基本法(憲法)を3月に改正している。さらに、ドイツは2011年に停止した徴兵制の復活も視野に入れている。現在のドイツ軍は18万人規模にとどまり、慢性的な兵力不足に直面しており、これを解消することが喫緊の課題となっている。ドイツ軍のこうした動きに対し、ロシアは強い警戒感を示している。ロシアのラブロフ外相は5月28日、2度の世界大戦を例に挙げ、ドイツの軍事力強化について「大いに憂慮すべき」との懸念を表明した。ショルツ前政権下で国際的な存在感を低下させたとも言われたドイツだが、メルツ首相の政治手腕により再び欧州で主導的な役割を果たすことができるか、その動向が注視されている。

戦後初2回目の投票で首相に選出され、宣誓を行うメルツ氏戦後初2回目の投票で首相に選出され、宣誓を行うメルツ氏

一方で、「富国強兵」という言葉が示す通り、強力な軍隊の維持・強化には強固な経済基盤が不可欠である。しかし、現在のドイツ経済は「絶不調」と言っても過言ではない状況が続いている。昨年は対外純資産が日本を抜いて世界一となったことが話題になったが、国内経済は2年続けてマイナス成長を記録しており、今年に入っても状況は芳しくない。ドイツ商工会議所が5月27日に発表した予測では、今年の経済成長率もマイナス0.3%になるとされており、戦後最長となる3年連続のマイナス成長が現実味を帯びている。

経済に追い打ちをかけている要因の一つに、トランプ関税の可能性が挙げられる。ドイツの対米国輸出は昨年、全体の10%強を占め、それまで最大だった中国を抜いて最大の輸出相手国となった。今後、トランプ関税が再導入されれば、この輸出が確実に減速することが予想される。ドイツ経済研究所(IW)は、トランプ関税によってドイツ経済が被る損害は2000億ユーロ(日本円で約32兆6000億円)に上るとの試算を発表しており、その影響の大きさが懸念されている。また、ロシアの安価な天然ガス輸入を断念したことによるエネルギー価格の高止まりも、ドイツ経済にとって頭の痛い問題である。メルツ首相はエネルギーコスト削減のため、2023年に停止した原子炉3基の再稼働を主張していたが、連立政権を組む社会民主党(SPD)の強い反対により、この提案を断念せざるを得なかった。

メルツ新政権は、安全保障面で「強いドイツ」を追求する意向を明確にしているが、その道のりは経済的な困難により険しいものとなっている。軍事力強化と経済再生という二つの大きな課題に直面する中で、メルツ首相がどのような手腕を発揮し、ドイツを再び欧州の主要プレーヤーとして確立できるかが、今後の国際情勢において重要な焦点となるだろう。

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