街中で見かける、思わず立ち止まって眺めてしまうようなユニークな形状の建物。それらはどのような経緯で生まれ、そこに住む人々はどのような生活を送っているのだろうか。「フシギな物件」を巡る探求は、岐阜県本巣郡北方町にある県営住宅「ハイタウン北方」へと導く。この団地は、単なる集合住宅ではなく、日本の公共住宅のあり方、そして21世紀の居住スタイルへの大胆な提案が形になった建築プロジェクトだ。
老朽化団地の再生という社会課題
ハイタウン北方が立つこの地には、かつて昭和40年代前半に建設された岐阜県最大級の県営団地「長谷川住宅(北方住宅)」があった。しかし、建設から時を経て物理的な老朽化が進んだだけでなく、社会構造の変化、特に高齢化社会への対応や多様化する生活様式への不備といった社会的な課題も顕在化していた。こうした状況に対し、街全体の整備と連携した大規模な建て替え事業が計画されたのである。これは、単なる建物の更新に留まらず、地域社会の未来を見据えた重要な公共プロジェクトだった。
磯崎新と四人の女性建築家による異才の結集
この大規模な建て替え事業を実現するにあたり、岐阜県は世界的に知られる建築家、磯崎新氏(1931〜2022)にコーディネーターを依頼するという画期的な手法をとった。磯崎氏は、国内外で活躍する四人の女性建築家、エリザベス・ディラー氏、クリスティン・ハウリー氏、高松伸氏、西沢立衛氏を選出。それぞれが独立して一つの住棟を設計するという異例の体制が敷かれた。この試みは、公共建築において個々の建築家の創造性を最大限に引き出し、画一的になりがちな団地建築に多様性と革新性をもたらすことを目指したものである。プロジェクトは2000年に竣工を迎え、個性豊かな四つの棟からなる新たな県営団地が誕生した。
中庭を囲むように配置されたハイタウン北方の個性的な4棟の外観
21世紀を見据えた実験的設計コンセプト
竣工時に岐阜県が発行したパンフレットからは、ハイタウン北方の設計に込められた思想を読み取ることができる。基本コンセプトには「21世紀に向けた居住様式を提案し、素材の使い方、建築技術においても他の先導的モデルとなりうる設計」と明記されている。これは、従来の公共住宅の枠を超え、未来の暮らし方や新しい建築技術の可能性を追求する実験的な試みであったことを示唆している。「斬新な建物」という言葉も使われており、地元の人々にとって誇りとなる「ステータス・シンボル、ランドマーク的モニュメントにもなりうる団地」を目指したことも重要な点だ。大胆に配置された階段や、ガラス窓が多用されたデザインなど、その外観からはそれぞれの建築家の個性が光り、見る者に強い印象を与える。
四半世紀を経て、ハイタウン北方は当初の設計思想を保ちつつ、地域のランドマークとして存在感を放っている。この先進的なプロジェクトは、老朽化に直面する日本の公共住宅が、いかにして社会の変化に対応し、質の高い居住空間を提供できるかを示す一つのモデルケースと言えるだろう。
まとめ
県営団地「ハイタウン北方」は、老朽化した団地の建て替えという社会課題に対し、磯崎新氏のコーディネートのもと、四人の女性建築家がそれぞれの個性を発揮して設計した、日本でも類を見ない公共住宅プロジェクトである。21世紀の居住様式を提案し、建築技術のモデルとなることを目指したその斬新なデザインは、地域のランドマークとしても機能している。この団地は、単に住居を提供するだけでなく、建築の可能性と公共事業のあり方に一石を投じる、文化的かつ社会的な意義深い存在と言えるだろう。
参考文献
- 岐阜県都市建築部住宅課への聞き取り
- ハイタウン北方竣工時の岐阜県発行パンフレット
- 磯崎新氏に関する資料
- ハイタウン北方設計に携わった女性建築家に関する資料