優秀な能力を持つがゆえに、日本の名だたる一流企業に入社を果たした人々がいる。しかし、そこは周囲もまた高いスキルを持つプロフェッショナルばかりの世界。学生時代は何とか持ち前の能力で乗り越えられていた「困りごと」が、次第に深刻な問題として表面化してくる──。これは、高学歴でありながら発達障害の特性を抱え、困難に直面するエリートたちの実像である。
有名国立大学を卒業後、一流企業に就職した40代前半の男性、YKさんもその一人だ。傍目には順調なエリート街道を歩んでいるように見えた彼だが、仕事でのミスが目立ち始め、職場の人間関係も悪化。ついには会社から退職勧告を受けるまでに追い詰められた。家庭では、その苦悩からか妻や子供に八つ当たりをしてしまうこともあったという。
追い詰められたYKさんがADHD(注意欠如多動性障害)の診断を受けたことで明らかになった、彼が抱えていた「ある特徴」とは何だったのか。精神科医である岩波明氏の著書『高学歴発達障害エリートたちの転落と再生』(文春新書)から、その具体的な事例と、適切な対処や治療によって社会復帰に至る過程の一端を見ていく。
エリート街道の陰に潜む「困りごと」
YKさんは40代前半の男性で、大手生命保険会社に勤務している。彼は近隣のクリニックの医師の勧めで発達障害の専門外来を受診した。前医では自閉症スペクトラム障害の疑いがあると診断されていたが、彼自身が専門医に訴えた内容は、むしろ注意欠如多動性障害(ADHD)に特徴的なものが多かった。
彼が具体的に訴えたのは、以下のような「困りごと」だった。
- 何か物を取りに行こうとしても、途中で気が散り、別のことにとりかかってしまい目的を忘れる。
- 計画通りに物事が進まず、時間を守るのが苦手である。
- 日常的に忘れ物やなくし物が多い。
- 妻や子供、あるいは職場の同僚など、他者に対して怒ると感情の制御がきかなくなることがある。
これらの症状は、彼の優秀さや高い学歴からは想像しにくい内面の困難さを示していた。
子供時代から現れていた特徴
YKさんの発達に関する特性は、子供の頃から現れていた。幼稚園の頃から落ち着きのない子供で、集団行動が苦手だった。周りの子供たちの遊びを邪魔したり、ちょっかいを出したりすることが多く、先生からよく注意を受けていたという。小学生になってもその傾向は続き、前の席の子に手を出したりするために、担任の配慮で一番前の席に座らされることもあった。
彼はじっとしているのが苦手で、授業中に立ち歩いたり、そわそわしたりすることもあった。忘れ物や落とし物も頻繁で、学校生活や日常生活で様々な不便さを感じていた。学業成績は上位だったが、テストや課題でのケアレスミスが多く、もったいない間違いが目についた。人の話を注意深く聞くことは苦手な一方、自分が興味を持ったことには過度に集中する傾向が見られた。中学校時代には、ささいなことが原因で他の生徒とのトラブルを起こすことが頻繁にあった。
エリートとして働くも「発達障害」の特性に苦悩する男性のイラスト
受験期から大学時代
高校時代に入ると、YKさんは自分自身の衝動性や多動性といった特性を強く抑えつけ、ひたすら受験勉強に打ち込んだ。その結果、関西方面にある偏差値の高い国立大学の工学部に合格するという輝かしい成果を上げた。大学時代には、高校までのような大きなトラブルは減少したが、依然として人間関係を円滑に築くことが苦手で、深く付き合える友人は少なかった。大学生活全体を振り返っても、心から楽しいと感じる思い出はあまり多くなかったという。
このように、高学歴という輝かしい経歴の裏側で、彼は幼少期から一貫して発達障害の特性による困難を抱え続けていた。そして、社会に出て競争の激しい一流企業という環境に身を置いたことで、それまで何とか対処できていた問題が、より深刻な形で露呈することとなったのである。彼の事例は、高い知的能力が発達障害の特性を覆い隠してしまうことがあるという現実を示唆している。
参考文献
- 『高学歴発達障害エリートたちの転落と再生』(岩波明著、文春新書)より