日本の賃金が30年上がらない核心:国際比較で見劣りする現状を労働組合が変える鍵

日本では過去30年、毎年の春闘にもかかわらず賃金は実質的に横ばいを続け、国際比較で大きく見劣りしています。経済協力開発機構(OECD)などのデータを見ても、日本の賃金水準は主要先進国の中で明らかに低迷しており、他国に大きく見劣りする状況が続いています。政府主導の「官製春闘」といった取り組みも進められてきましたが、依然として賃金が十分には上がらない根本的な理由はどこにあるのでしょうか。本稿では、この長年の課題に対し、労働組合の役割が鍵を握る可能性を探ります。

長年の賃金低迷:国際比較と政府・リスキリングの限界

財務省の国際比較分析によると、2007年から2018年の間に、韓国の平均賃金が16.9%増、米国が8.7%増、ドイツが14.3%増、フランスが10.8%増となったのに対し、英国は0%、日本は1.5%減少しました。この長年の賃金低迷に対し、政府は法人税減税など企業への支援を中心に賃上げを促しましたが、財務省の税制調査会専門家会合での分析では、2010年代以降の法人税率引き下げにもかかわらず、これが直接的な賃金増加に繋がっていないことが判明しており、政府主導のアプローチだけでは限界があることが浮き彫りになっています。また、賃上げ策の一環として、リスキリング(学び直し)を通じた異業種への転職も推奨されますが、日本の雇用慣行においては、転職が必ずしも収入向上に繋がるわけではないという課題があります。厚生労働省の2023年雇用動向調査によれば、転職によって賃金が増加したケースは37.2%でしたが、反対に減少したケースも32.4%と多く、これも万能な賃上げ策ではありません。

オフィスで働く人々:日本の賃金が30年間上がらない状況を象徴するイメージオフィスで働く人々:日本の賃金が30年間上がらない状況を象徴するイメージ

労働組合が握る鍵:専門家の指摘と具体的なデータ

では、何が賃上げへの真の鍵となるのでしょうか。労働経済学が専門の法政大学・山田久教授は、「賃上げは企業に任せていても十分には進まない」と指摘し、「労働組合支援のような、働き手の内発的な動きを強めることこそが重要だ」と強調しています。日本においては、労働組合法によって労働組合に比較的強い権限が与えられています。特に産業別組合が機能すれば、業界内での横の連携を活用し、同業他社の交渉状況を交渉材料として活用するなど、賃上げ交渉を有利に進めるための環境を整えやすい仕組みが法律上は存在しています。実際に、労働組合の存在が賃上げ率に影響を与えているというデータも示されています。厚生労働省が2024年10月末に発表した「賃金引上げ等の実態に関する調査」の有効回答企業を分析すると、労働組合がある企業の方が、ない企業に比べて明らかに賃上げ率が高い実態が浮かび上がりました。この調査によると、一人当たりの平均賃金の改定率は、労働組合がある企業で4.5%であったのに対し、労働組合がない企業では3.6%でした。具体的に改定額で見ると、組合がある企業は平均1万3668円の賃上げだったのに対し、組合がない企業では平均1万170円にとどまっています。

政策の方向性:日本と国際社会の対比

しかし、現在の日本の政策は賃上げ自体を目指す方向にはあるものの、労働組合そのものの組織率を高めたり、労組の賃金交渉機能を直接的に強化したりする方向には十分に舵が切られていないのが現状です。一方で、格差拡大などの社会的不均衡を是正するため、労働組合の社会的機能を再評価し、その強化に政策的に取り組む国も見られます。例えば、米国ではバイデン政権が「分厚い中間層」の復活を掲げ、労働組合の機能強化に向けた報告書発表や法案検討を進めています。ドイツでも、労働協約の適用範囲拡大や組合費の税制優遇強化などが提案されており、世界は労働組合の重要性を再認識しつつあります。

結論:労働組合こそ停滞を破る突破口

このように、日本が長年にわたり賃金低迷から抜け出せない背景には、国際比較で明らかな遅れがあり、これまでの政府主導策やリスキリング推進だけでは不十分である可能性が示されています。データと専門家の指摘、国際的な動向は一致して、労働組合の役割、特に働き手の交渉力を強化することが、この課題克服の鍵であることを示唆しています。働く人々の「内発的な動き」を支援し、交渉力を高めることこそが、30年変わらない賃金状況を打開する突破口となるでしょう。

【参考】

  • 財務省
  • 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」
  • 法政大学 山田久教授(労働経済学)
  • 藤崎麻里『なぜ今、労働組合なのか 働く場所を整えるために必要なこと』(朝日新聞出版)