クリエイターである武藤将胤さんは27歳で全身の筋肉が動かせなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されました。その発症を知りながら結婚を決意した妻の木綿子さん。二人の9年間にわたる壮絶な道のり、困難を共に乗り越え、長年の目標だった子供を授かるまでの物語は、ALSと共に生きる夫婦の「私にしかできない」人生の幸せの選択を描き出しています。
難病ALSと闘う武藤将胤さんと妻木綿子さん、娘ゆあちゃん
難病宣告と結婚への決断
木綿子さんが広告マンだった将胤さんと出会ったのは29歳の夏。交際して1年が過ぎた頃、将胤さんは27歳でALSという宣告を受けます。「目の前が真っ暗になって。やっぱり夢は諦めなきゃいけないのかなとか…」と当時の心境を語る将胤さん。ALSは進行性の難病で、平均的には診断から3年から5年で自力呼吸が困難になり、根本的な治療法はまだ見つかっていません。結婚を考え始めていた矢先の重い事実に直面します。
診断の2ヶ月後、将胤さんは木綿子さんにプロポーズしました。「悩みましたけどね。このまま一緒にいていいのかなとか。友達とか反対する人もいたんですよね」と木綿子さんは振り返ります。しかし、「でも、彼という人間に惚れていたので、病気だからとかは関係なく、私にしかできないことがあるかなって」と、病気を超えた将胤さんへの深い愛情と、自身にしか果たせない役割を見出しました。将胤さんもまた、「彼女のことを本当に幸せにしたいという思いが強かったからこそ、僕と一緒にいることが彼女を逆に不幸にさせちゃうんじゃないかって思ったり…」と葛藤を抱えていました。多くの反対や不安がある中でも、「私にしか掴めない幸せがきっとある」と信じた木綿子さんは、ALSの発症を知った上で将胤さんとの結婚を決意しました。結婚式で木綿子さんは「彼を精一杯支え、大切にします。どんな困難も二人で力を合わせて乗り越えていきます」と誓いました。
ALS診断後も困難を共に乗り越える武藤将胤さん・木綿子さん夫妻
始まった介護生活と葛藤
始まった新婚生活は、将胤さんの朝の身支度など、すぐに介護の現実に直面しました。木綿子さんは慣れない介護に追われ、「最初はできないこととかがあって、戸惑うこともあったし、悔しい思いもあったし。なんでこんなにできないんだろう…」と涙ながらに語ったこともありました。
一方、将胤さんは病気が治る未来を目指し、クリエイターとしてALS啓発フェスの開催、様々なイベントへの出演、誰もが着やすい服のプロデュースなどを通じて収入を得る努力を続けました。多忙な将胤さんは夜遅くまで帰ってこないことも度々あり、些細なことから夫婦間の衝突が増えていきました。ある日、将胤さんの言ったことが聞こえず、違う意味で捉えて喧嘩になった際、将胤さんが「こんなんじゃやっていけないよ」と口にしたことがありました。木綿子さんも反射的に「あ、だったらいいよ、離婚しましょう」と言い返すほど、二人の関係は緊張を強いられる状況でした。しかし、そんな口喧嘩さえもできなくなる日が近づいていました。
声を失う手術と技術による支え
ALSの進行により、自力で呼吸する筋肉が衰え、人工呼吸器なしでは生きられなくなる時が来ます。延命のためには気管切開が必要でした。さらに、食べ物と空気の通り道を分ける手術を受けることに。これは、声を出す機能を失うことを意味しました。手術前、将胤さんは「これからも一緒に頑張ろう」と木綿子さんに語りかけました。木綿子さんは「そうだね。ずっと一緒だからね。ずっと一緒に頑張ろうね」と応え、来るべき時に備えました。
声を失った将胤さんですが、手術前から準備を進めていました。自身の肉声をサンプリングし、AIが「合成音声」を作り出す技術を活用。さらに、目の動きで言葉を入力できる装置を使い、意思疎通と活動を続けています。また、木綿子さんへの介護負担を少しでも減らしたいという思いから、将胤さんは重度訪問介護の事業所を設立。所属するヘルパーによる痰の吸引や夜間の見守りなど、24時間体制の介護を整えることで、夫婦だけでなくチームでALSという難病に立ち向かう体制を構築しました。
困難を乗り越え掴んだ新たな希望
ALSという過酷な難病と共に歩むことになった武藤将胤さんと木綿子さん夫婦。病気の進行、介護の現実、夫婦間の葛藤、そして声を失うという大きな壁に直面しながらも、彼らはお互いを支え合い、困難を一つずつ乗り越えてきました。将胤さんはテクノロジーを駆使して社会とのつながりを持ち続け、木綿子さんは献身的な介護を行いながらも、二人は共に「自分たちにしか掴めない幸せ」を追求することを諦めませんでした。そして、長年の願いであった子供を授かるという目標を叶え、木綿子さんは無事に娘を出産しました。これは、彼らが選び取った人生と、逆境の中でも希望を見出し、共に歩み続けることの強さを示す、夫婦の愛と絆の物語です。
出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/1455e8de2b757f2cc91a883cf7bbd0b8aceeec8b