飲料業界大手の「アサヒグループホールディングス」がランサムウェア攻撃の深刻な被害に遭い、国内での受注・出荷システムが大規模な障害に見舞われています。このサイバー攻撃の影響により、同社の看板商品である「アサヒスーパードライ」をはじめとする製品が市場で品薄になる事態が発生しており、酒類業界のみならず、消費者の間にも大きな波紋を広げています。現代社会において企業を脅かすランサムウェア攻撃の具体的な手口と、それがもたらす実体経済への影響について深く掘り下げます。
アサヒビール本社ビル。ランサムウェア攻撃によりシステム障害に見舞われた飲料大手のアサヒグループホールディングスの本部社屋。
システム麻痺と現場の混乱:アサヒグループの応急措置
システム障害が発生したのは2023年9月29日。アサヒグループの担当者によると、通常であれば顧客がシステムを通じて「スーパードライを5ケース欲しい」といったオーダーを行い、それが受注センターに届き出荷されるという基本的な流れが、攻撃によって完全に停止した状況です。この大規模なシステム障害は、同社のサプライチェーン全体に深刻な影響を及ぼしています。
窮余の一策として、アサヒグループは応急措置的に旧来の方法へと回帰。発注書をFAXで送ってもらったり、電話での注文を受け付けたりするなど、手作業での対応を余儀なくされています。これは、デジタル化が進んだ現代において、システムが停止した場合の脆弱性を浮き彫りにする形となりました。
この流通障害は、特に飲食店で顕著な影響を及ぼしています。システム障害発生後の最初の週末、東京・新橋の居酒屋では、卸業者から「アサヒビール本社とサポートセンター、両方と連絡が取れない」との報告が相次ぎました。ある飲み屋の店主は、現在のスーパードライの在庫がなくなり次第、サッポロビールに切り替えることを検討。また、別の店舗では客がスーパードライを注文すると、大将が「貴重なアサヒですよ」と述べ、女将が「アサヒ残り5本になりました!」と在庫の少なさを念押しする場面も見られました。アサヒビールのエリア担当者が一軒一軒飲食店を訪ね回り、「スーパードライは次の乾杯まで充電中!」と書かれたポップを配布するなど、現場では混乱が広がっています。
ランサムウェアとは?その脅威と企業の対応
今回アサヒグループに甚大な被害をもたらしたランサムウェアとは一体何なのでしょうか。「ランサム」とは「身代金」を意味し、攻撃者が企業のシステムを破壊し、データを暗号化。その復旧と引き換えに金銭を要求するサイバー攻撃の手法を指します。ネットワークセキュリティーの専門家である神戸大学の森井昌克名誉教授は、「攻撃を受けると、ディスプレイに『犯行声明』が表示される」と解説しています。
身代金の額は攻撃を受ける企業の規模によって大きく異なり、大手企業の場合、数億円から数十億円に上ることも珍しくありません。身代金のやり取りは、追跡を困難にするために仮想通貨で行われるのが一般的です。しかし、日本の大企業の多くは、身代金の支払いには応じない方針を取っています。その理由として、たとえ金銭を支払ったとしても、確実にデータの復元鍵が手に入るとは限らないこと、そして犯罪組織に資金を提供することが企業のイメージを著しく損なう可能性があるためです。このアサヒグループの事例は、ランサムウェアが単なるデータ損失以上の、事業継続性や企業信頼性に関わる深刻な脅威であることを示しています。
まとめ
アサヒグループホールディングスを襲ったランサムウェア攻撃は、国内のビール供給に具体的な影響を与え、多くの飲食店や消費者に混乱をもたらしました。これは、情報化社会において企業がいかにサイバー攻撃の脅威に晒されているか、そしてその影響がサプライチェーンの末端、さらには日常の消費生活にまで及ぶことを浮き彫りにする事例です。ランサムウェアがもたらす経済的損失、ブランドイメージの毀損、そして事業継続の危機は計り知れません。企業は高度化するサイバー攻撃に対し、より一層のセキュリティ対策強化と、万一の事態に備えたレジリエンス(回復力)の構築が急務となっています。
参考文献
- アサヒビールにランサムウェア攻撃、主力商品が品薄に – Yahoo!ニュース (デイリー新潮 10/16(月) 5:41配信)