5月25日、和歌山県白浜町にある「アドベンチャーワールド」では、中国への返還が約1カ月後に迫る4頭のパンダを見るため、最後の屋外公開日に4時間待ちの長い行列ができた。さらに、来年2月には東京の上野動物園にいる2頭も返還され、日本からジャイアントパンダの姿が一時的になくなる見通しだ。日本の多くの人々に愛されてきたパンダがいなくなる背景には、彼らの特殊な国際的な立場と、それを巡る外交的な駆け引き、そして中国国内の変化がある。
パンダの所有権と「ブリーディングローン」の仕組み
世界中にいるジャイアントパンダは、その所有権がすべて中国にある。各国への提供は「ブリーディングローン(繁殖貸与)」という特殊な形態をとる。これは、単なる貸し出しではなく、絶滅の危機に瀕しているパンダの繁殖や生態研究を共同で行うことを主な目的として、一定期間預けるというものだ。例えば、上野動物園の2頭は中国野生動物保護協会と東京都の共同研究、アドベンチャーワールドのパンダは中国・成都のジャイアントパンダ繁育研究基地との共同繁殖研究という名目で行われている。
和歌山県アドベンチャーワールドで中国への返還を控えたパンダたち。
もちろん、この貸与は無償ではない。「貸出料」が発生し、一般的には2頭で年間約50万〜100万ドル(日本円で年間約7800万円〜1億5600万円、1ドル156円換算)と言われている。東京都の予算説明書には、上野動物園のパンダ飼育に関する費用の一部が明示されている。一方、民営施設であるアドベンチャーワールドは契約内容を公表していないが、中国側の動物園などに寄付をする形で同程度の経済的負担をしているとされている。この高額な費用も、パンダ飼育が国や大都市、あるいは資金力のある民間施設に限定される理由の一つだ。
「パンダ外交」の光と影:日本の政治家の働きかけ
パンダは、その愛らしい姿から人々に親しまれるだけでなく、「パンダ外交」という言葉があるように、国家間の外交ツールとしても利用されてきた側面を持つ。アドベンチャーワールドにパンダが貸与された背景には、親中派として知られ、和歌山県を地盤とする二階俊博氏(元自民党幹事長)の政治的な影響力があったとも噂されている。
今回の日本からのパンダ返還が進む中で、新たなパンダの貸し出しを求める動きもある。今年4月には、自民党の森山裕幹事長が中国を訪問し、中国人民対外友好協会の会長や、中国共産党序列3位の趙楽際氏と会談した際、日本への新たなパンダ貸与を要請したことが報じられた。パンダは今なお、日中関係における柔らかなシンボルとしての役割を期待されている。
日本の動物園で飼育されているパンダたち。中国からのブリーディングローンで来日。
中国国内の変化:保護優先の新たな潮流
しかし、新たなパンダ貸与の実現はかつてほど容易ではなくなっている。拓殖大学教授でジャーナリストの富坂聰氏は、その背景にある中国国内の事情を指摘する。富坂氏によれば、パンダに関する最も強い権限を持つ中国の政府組織は、外交部ではなく、野生生物保護を管轄する国家林業草原局であるという。
パンダは中国の「国宝」であり、国家一級保護動物に指定されている。近年、中国社会では、こうした貴重な動物を安易に国外へ出すことに対する反対意見や、国内での保護を優先すべきだという声が強まっている。政府を指導する立場にある中国共産党も、こうした国民感情を無視できず、外国への新たなパンダ貸し出しには慎重な姿勢を見せているのだ。かつてのような外交的な理由だけでは、パンダを国外に出すことが難しくなってきているのである。
今後の展望:日本でのパンダ不在が意味すること
かわいらしい姿で日中外交の懸け橋ともなってきたパンダだが、今後は中国国内の保護意識の高まりや、貸与に関する国際的な取り決めの厳格化により、日本でその姿を見ることが困難になる可能性がある。かつては日本国内で親しまれたパンダたちも、これからは海を隔てて、中国国内で大切に保護される姿を見守る時代になるのかもしれない。これは、パンダの保護という観点からは望ましい変化かもしれないが、彼らを通じて育まれてきた人々の交流や、日中間の柔らかい関係性にとっては、一つの転換点となるだろう。
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