東海道新幹線殺傷事件を受け、JR東海などは安全対策強化に取り組んでいるが、凶器を持ち込ませないようにする乗客への身体・手荷物検査は導入が進んでいない。緻密なダイヤで大量の乗客を運ぶ新幹線では、大混雑を招きかねないためだ。しかし、来年の東京五輪・パラリンピックを前に、さらなる安全対策の強化は急務。国は手法の検討に乗り出している。
事件を受け、JR東海は列車内の警備体制を強化。社員や警察官の見回りのほか、新幹線全列車のほぼ全区間に警備員が巡回する態勢をとり、車内各所には防犯カメラを設置している。
テロや犯罪が懸念される東京五輪・パラリンピックが迫る中、危機感を強めており、来年5月までに列車運行を取り仕切る指令所や社内をオンラインで結び、車内や駅の状況をカメラ映像で瞬時に把握できるシステムを構築。映像は必要に応じて警察にも提供する。
現場レベルでも、乗員全員が同時通話で意思疎通や状況把握ができる端末を配備。暴漢を取り押さえる刺股(さすまた)や、護身の防護盾、防刃ベストを車内に備え、負傷者を応急処置する医薬品も置くようになった。社員への安全教育や訓練も実施。JR東海の担当者は、「社員全員が安全を常に意識して、ハード・ソフトの両面で対策をそれぞれ強化してきた」と説明する。
ただ、危険物持ち込みを根本的に防ぐ身体・所持品検査には踏み切っていない。事件を受け、国土交通省は省令改正で、未梱包(こんぽう)の刃物の車内持ち込みなどを禁止したが、身体・所持品検査はJR東海だけでなく、鉄道業界全体で進んでいない。JR東海の金子慎社長は、空港などのように個別に手荷物検査などを行う手法については「利便性を損なう」などとして導入には慎重な構えだ。
新幹線の駅は検査スペースを想定した構造ではなく、導入した場合、深刻な混雑を招く恐れもある。移動を急ぐ乗客の納得や合意なども不可欠で、国交省関係者は「クリアすべき課題は多い」と話す。
一方で同省は身体・所持品検査の実証実験を開始。今年、東京都心の霞ケ関駅や新宿西口駅などで隠し持った危険物などを検知する装置をテストし効果や運用上の課題を調べている。
テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長は「新幹線は密閉された列車が高速走行する。刃物だけでなく、爆発物などより破壊力が強い危険物全体を想定した高度なセキュリティーが必要だ。抜き打ち検査だけでも、抑止効果がある。根本的なテロ・犯罪対策を急がねばならない」と指摘している。